帰還
潜水艦ヘルヴァはすんなりとアルゲオカントゥスの口の中に滑り込んだ。
後は先へと進むばかりだ。
領地の会議室にて、たった一人でアルゲオカントゥスが泳ぐだけのモニター映像を眺めているだけだった俺は、再びそこに潜水艦の艦影が映った時、恥も外聞もなく大声を上げていた。
「よくやった。全員無事か?」
俺への返しにモニターに映ったのは、副団長であるイヴォアールであった。
イヴォアールは太陽輝くの海のイメージのアルバートルとは正反対の、月の砂漠イメージの男である。
長い銀髪を結い、シルバーの瞳をもつ彼は、砂漠の王子様みたいな雰囲気もある男であるのに、今の彼はなぜか貧乏くさい雰囲気しかなく、がっかりした様に俺にぽつりと呟いた。
「無事です。」
「無事なのに、それ?どうしたの?」
「とりあえず先に報告させていただきます。」
「お、おう。」
俺が構築したヘルヴァは、アルゲオカントゥスの消化管を座礁するどころか線路を走る電車のように正確に航行したという。
「我々はフェールとダニエラ様が留まっていた胃へと、問題なく、数分ほどで到達出来ました。あれは素晴らしい船だと思います。」
イヴォアールはそこで言葉を切ったが、その後には、アルバートルがお遊びで乗りつぶしそう、とか、今度はクラーケンの中に入ろうとするかも、それを制止するのは俺なんですよね、そんな言葉が続くと見た。
そこで俺は自分が作った船を褒めて貰えた、というだけの間抜け男に徹した。
もちろん俺がそういう奴だと知っているイヴォアールは、上司の前で溜息なんか吐いちゃ駄目だろ、そう注意したくなるような溜息を吐きやがった。
それからイヴォアールは報告を続けたが、後の内容はシロロの大活躍の部分だけである。
一瞬でフェールとダニエラを見つけると彼等に取りつき、潜水艦の中に彼らをテレポートさせてくれたというのだ。
フェール達を収容したのならば、後は進むだけだ。
潜水艦は腸に入り、アルゲオカントゥスの排出孔から糞のようにひねり出される事となったのだそうだ。
「そうだな。尻から出たってのは誇り高い君達にはダメージかな。俺は君達全員が無事だったという所こそ好ましく誇りに思うのだけれども。」
「そう言って頂けるのは今だけですね。」
ぶつん、と乱暴に通信が切れた。
一体何事だと俺こそ切れて、潜水艦をコンスタンティーノの海域までさっさとテレポートさせた。
そしていつもは行かないが、俺こそコンスタンティーノの地にテレポートしたのである。
俺が着いた十数分後に、潜水艦はコンスタンティーノの港に戻ってきた。
船は像の鼻のような係留場に留まると、ざばんと潜水艦の上部ハッチを海上から突き出した。
俺は少々ワクワクしながら駆け寄り、ハッチが開くや潜水艦に乗り込んだ。
俺が領地から出られない縛りがあるならば、俺は自分が作った乗り物が動く姿をモニターで見る事が出来ても、実際に乗ることは適わないのだ。
しかし、現在は係留中だと言えども、海に沈んだ状態の潜水艦だ。
初めて実働中の乗り物に乗れたのだ。
「パパ!」
梯子を降りきってすぐに、俺の体に硬いものが激しくぶつかった。
俺が転がらなかったのは、俺が取りあえず強い竜だからだろう。
だが、心はめきっと音を立てて折れたし、妻に何て言えばいいんだ、と俺は完全に恐慌に陥っていた。
潜水艦に乗せて置いた灰色のツナギを着ている少女は、肩下までの真っ直ぐな髪の毛は桜貝色をしており、顔立ちは自分の恋している妻とそっくりで、青い瞳は自分が毎日虜にされている妻と同じものだ。
この子は俺の大事な赤ちゃんだったはずの少女だ。
再会の心構えをお願いします。
俺は自分にぶつかって来た者を見下ろして、心の中でアルバートルに向かって大きく舌打ちをしながら自分の子供であるはずの美少女を抱き締めた。
シロロの声が頭の中で木霊する。
大きくなっちゃったの。
じゃねえよ。
生後一か月にはずの我が子が、大きな胸があるというとても発育がよろしい十代前半のお姿におなりあそばされた親の気持がわかるか?
赤ちゃんの成長していく様が見れなくなった親の気持がわかるか?
「無事で良かったよ。ダニエラ。」
俺は自分の自制心を褒めていた。
俺が傷ついているからと言って、まだ生後一か月の大事な赤ん坊を傷つけるような物言いをしてはいけない。
「ぱぱ。」
俺を見上げる俺の子供のはずの少女は、ぐしゃっとその美しい顔を歪めた。
その泣き顔はエレノーラが俺の元に来たばかりの頃の表情によく似ていて、俺の心の方が痛んで壊れそうだった。
「どうしたの!ダニエラ!もう大丈夫なんだよ!」
「フェールが吐いちゃったの!」
「あいつは大丈夫なのか?」
俺はダニエラを抱き上げると、フェールが横になっているはずの場所、恐らく医務室の方に運ばれているはずだと艦内を駆けていた。
医務室のドアを開ければ、そこにはアルバートルが医者のようにしてフェールが入っている小さなベッドの前でパイプ椅子に座っていた。
アルバートルは俺の到来を知るや、ウンザリした顔つきのまま、この患者は駄目だという風にして首を横に振った。
駄目なのはどっちだと言いたいのだろうか、この男は。
「フェールは?」
「単なる過労です。寝てりゃ治ります。」
「そ、そうか。それなら安心だ。」
しかし清潔な白いシーツの横たわる彼は、いまだ薄汚れたままであり、ところどころ血が滲み内出血がありと痛々しい姿である。
気が付けば俺は横たわる彼の頭に手を伸ばしていた。
「臭いっすよ、俺。」
「いいよ。生きている君を確かめたいだけだ。頑張ったね。」
「頑張りましたが大失敗でした。すいませんダグド様。ダニエラのその姿は俺のせいです。」
「フェール?」
「ダニエラは色気づいちまったんですよ、ダグド様。フェールに恋をしちまってのその姿です。」
「え?」
俺は腕に抱く娘を見返すと、彼女は、だって、と言いながら泣き出した。
外見は十代だが、幼児にしか見えない泣き方だった。
顔を天井に仰向けると、うわーんと大声をあげながら泣き出したのである。
「おっきくなったらってフェールがいったのに、おっきくなったらフェールはダニエラをきらいになったー!」




