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一か八かと糞になる

「フェール。大丈夫?」


 フェールは大きく息を吐くと、腕の中の子供に大丈夫と答えた。

 大丈夫では全くない。

 全く声が出ていなかったじゃないかと、彼は掠れた笑い声を出した。


 笑い声も出ない、とは!


 フェールは追い詰められていた。

 大多数を沈めて数を減らしたが、完全に殲滅出来てはいない。

 そこかしこに隠れていた敵が銛を振りまわし、また、残っていた寄生虫が肌に憑りつこうとしてくるので、フェールは始終動き回っていたのだ。


 だが生身の人間でしかない彼である。

 いまや完全に体は疲労困憊してガタガタで、これは肉体強化補助魔法を付けて動き回った分の負荷が大きく影響していた。

 フェールは膝が崩れ落ちるようにしてよろめくと、そのまま壁に背中を押し付けてずりさがるようにして座りこんでしまったのである。


 フェールは大きく息を吐きだした。

 それでも自分はよくやっているじゃないか、と彼は足元の戦利品を見下ろしてニヤリと笑った。


 彼は逃げまどいながらも次の一手に使えるものを盗んでいたのだ。

 布代わりに使っているらしき生き物の腸。

 瓦礫船の材料として切り出されていただろう、一メートルぐらいの長さの板状の何かの生き物の骨。

 そして、剣士らしく戦えるように、銛だって奪っていた。


 ただし、今の彼はその次の行動がとれないぐらいに体力を失っていたが。


 ざまあねえな。

 配分を考えろ、馬鹿。


 震えるだけで力が入らなくなった右手を見下ろして、その通りだ、と彼は認めて情けなく思った。

 過去が怖いから彼は出遅れるが、過去が怖いから彼は止まれなくなるのだ。

 だから自分はカイユーと組まされているのだと分かってる。


 カイユーと一緒ならば出遅れる事は無く、自分よりも体力を使い切るのが早いカイユーのお陰で自分が立ち止まることができる。


「情けないな。」


 がぶ。


「いた!」


 ダニエラに鎖骨の上あたりを噛みつかれた。

 けれどそれで彼は後ろ向きだらけのもの思いから覚められたと、彼は子供を叱るよりも右手で彼女の頭を撫でた。


「返事が無くて怖かったね。ハハハ。おれ、やば。やばいわ。俺はカイユーばっかり動かしてさぼっていたって実感した。はあ。」


「いたいのいたいの、バイバイ。」


 ダニエラは自分が噛みついたところを撫でてから、ポンポンとそこを小さな手で叩いた。


 ひょろん。


 フェールはぎゅうと瞼を閉じた。

 アルバートルが以前に大怪我した時に、竜族のリリアナから彼は回復魔法を施されたが、団員の誰もがあんな目に遭いたくないと思った魔法を、今、自分こそが自身の身に受けてしまったのだ。


 間抜けな一輪の花がフェールの肩から生えて、ふよんふよんと揺れている。


「フェール。元気?」


 フェールは両目を開けて、自分の肩でふよふよ揺れる間抜けな花を見返した後、頭を撫でるついでにダニエラの耳の先を摘まんで引っ張った。


「悪戯っ子。でも、ああ。悔しいけど僕は回復しているのね。」


 変な喋り方になっていると、フェールは苦々しく思った。

 これはダニエラのせいでは無いと思いながら、フェールは自分の前髪を後ろになるように右手で撫でつけた。

 シロロが変な喋り方を時々しているのは、ダグドが変なセリフをシロロに教え込むからであり、それを真似して遊ぶ自分達こそが悪いのだ。

 そんなことをしても、自分が孤児のままなのは変わらない。


「おでこ赤い。おでこもいたいたい?」


「おでこは汚れただけ。そこに花を植えられたら俺は情けなさで死んじゃう。」


「フェール。死んじゃう?」


 フェールは子供を抱き直すと、彼女の耳元に囁いた。


「死なない。君は絶対に死なせない。」


「フェール?」


 フェールは大きく息を吸うと、掛けられるだけの強化魔法を自分と幼子の体に掛けた。

 そして、逃げながら拾ってきた逃亡用の道具、布代わりの生き物の腸で自分とダニエラの体が離れないようにきつく縛った。

 次に立ち上がると板状の骨と銛を拾い上げ、彼は腰を落とした。


「さあ、後がないラストランだ!」


 フェールは大きく瓦礫を蹴って宙に浮いた。

 同時に大量の水が再び淀んだ世界に押し寄せてきた。


 どぽん。


 フェールは水面に立っていた。

 骨で出来た板はフェールの足技によって見事にサーフボードの代りとなり、水流に翻弄されながら水面を滑り、水が向かう出口へと流れていくのだ。


 ざばん。


 大きな水音がしたとフェールが視線を動かせば、ゴーゴナンの一人が水面から飛び出して襲い掛かって来たのである。


 全身は銀色に光る鱗に追われて、腕と背中にはひれを生やしている。

 人間に近かった顔だが、今は笑顔に見えるぐらいに耳まで裂けた口元となり、ギザギザの牙を見せていた。


「のがすかああ!」


「しつっこいんだよ!」


 フェールは銛を振り回し、ボールを弾く様にしてそれを銛で打ち返した。


 ざぼん。

 ざばん、ざばん。


 沈んでいった仲間の代りのようにして、二体のゴーゴナンが飛びあがった。

 フェールは今度は打ち返すどころかひょいと身を屈めて二体をやり過ごし、それらはフェールを掴むことなく水面にそれぞれ落ちていった。


 ざざざん、ざざん。


 フェールは身を屈めて左手でボードを掴むと、ボードに風魔法を送った。

 ボードはフェールを乗せたまま水面を飛び上って数メートル滑空した。


 ばちゃんばちゃんばちゃん。

 フェールに飛び掛かってきたはずのゴーゴナン達は目標を失って沈んでいった。


「ハハハ!ざまあみろ!」


「フェール!」


「大丈夫。糞野郎がちゃんとケツの穴まで連れて行ってあげるよ!」


 機嫌よく軽口を叩いたフェールだったが、しかしすぐに大きく舌打ちをすることになった。

 彼のボードの下にはイルカのような影が迫っている。

 ゴーゴナン達は上からでは無くて下から襲おうとしているらしい。

 ボードを掴まれたらお終いだと、フェールは向かう先を見返した。


 ぴゅるぽにしてダニエルを泳がせればあそこまで到達できるか?


 フェールが体勢を整えたそこで、背中にずしっと何かの重量を受けた。

 フェールは何が起きたのかと恐慌に陥りかけたが、背中の物体が鼓膜が破れるぐらいの叫び声をあげた事で理解できた。

 いや、さらにボードが勝手にスピードを上げた事で理解するしかなかった。


「うきゃああああ!楽しい!泳ぐよりずっと楽しい!」


「シロちゃん!」


「フェール!僕に銛ちょうだい!」


「喜んで!」


 ざざああん。


 二体のゴーゴナンが、フェール達を求めて水面から飛び上った。

 飛びかかってきたゴーゴンに対し、フェールの背に乗ったままのシロロがフェールのバランスが崩れる事も考えずに大きく銛を振りまわした。


「いっぴきー。にひきー!かっきーん!」


「シロちゃんたら!あぶないよ!」


 フェールは自分の背中の魔王へと振り向いて、後ろを振り向くんじゃなかったと後悔した。

 真っ黒で幅十メートルはあるミサイルが自分に迫ってくるのである。

 フェールは風魔法も唱えて自分の後押しをしてスピードを上げたが、ミサイルはどんどんと自分に向かってくる。


「わあああああ!助けてえええええ!」


 フェールは少しでもあのミサイルから距離を離せるようにと、思いっ切りボードをジャンプさせた。


「うきゃあああああああああ!たのしいいいい!フェールさいこう!」

「フェールさいこう!」


「もう!前も後ろも!必死なのは俺っちだけかよ!」

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