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族長ナグルファル様

 巨大な女性が瓦礫で作られた空間の中に横たわっていた。

 身長は五メートル近くあり、外のゴーゴナン達がやせ細っているのとは反対に、弛んで膨らんだ皮膚の中は脂肪で一杯に見えた。


 それの顔立ちは、人に近いものだったのかもわからない、目鼻立ちさえも分からないぐらいに弛んだ皮膚で皺だらけのものだった。

 膨らんで弛んで皺が寄ってと、体内ガスが充満しきって今にも皮膚がずり落ちそうな腐乱した水死体を思わせる風貌なのである。


 しかしフェールは目の前のゴーゴナンの族長が、単なる腐った水死体だった方が良かったと思った。


 青白く輝く肌はところどころで蠢き、その皮膚の下に大量の虫がいるから彼女は膨らんでいるのだと、フェールに知らしめているのだ。


「この町が仄かに明るいのは、寄生虫が自らを発光させているからで、篝火を焚かないのは、虫が光りに弱いから、かな。よっしゃ。弱点一つ。」


 呟きながら眺め直すと、フェールは自分を案内してきたゴーゴナンから腐った匂いが立ち込めていた理由がわかってしまった。

 ナグルファルにも蛇の頭髪はあったが、それらはみんな死んで腐って体に貼り付いているだけという状態なのだ。


 フェールの目の前の巨体は一体でしかないのに、数十人の存在を感じ取れた。


「干からびた身体と対照的に元気な寄生虫か。繁殖は繁殖だけど、俺っちが種付け係じゃなくて、俺っちこそが畑になるのか。やばい。」


「お……ご……ご。き……客人……よ。」


 族長が再び話しかけて来た。

 フェールはこれが本体の意思なのか、虫の意思なのかわからないが、軽く腰を落として騎士の礼をした。


 虫だろうが会話が出来るのならば交渉が出来るのでは?


 そんな意識で敬意を示したわけではない。

 胸に手を当てるには幼子がいて格好のつかない礼だったが、フェールは幼子を抱える左手の指先に右腕の肘から手首に向かってなぞらせるのが目的だった。


 お前らが単なる虫だろうが、それなりな敵と見做してから殲滅してやるよ。

 フェールの口元には笑みが出来ていた。


「お初にお目にかかります。俺は黒竜ダグドの騎士、フェールです。訳あってここに参りましたが、ここに留まるつもりも、あなた方にご厄介になるつもりもございません。ただ望むのは、互いの干渉が無きように、それだけでございます。」


「ふ……ふ。げ……元気な……人間じゃ。久し……ぶり……じゃ。ああ……妾も……外に出たい。お主といっしょに……そとに、で……たい。」


 ぶちゃ。


 巨体が崩れ落ちるようにして寝返りを打った。

 皮膚が裂け、そこからいくつもの白い紐がフェール目掛けて飛んできた。


「ひゃああ!」


 情けない悲鳴を彼は上げてダニエラを抱きしめると、ダグドが使った魔法をダグドを呼ぶ気持ちで叫んでいた。


「ヒドルス!」


 炎で出来た蛇がフェールに巻き付くようにして出現し、彼とダニエラ目掛けて飛んできた寄生虫を次々に燃やし尽した。

 フェールは今のうちに逃げようと、足元に力を込めた。


「いとしいあなた?妾を置いていきなさるの?妾はあなたを待って待って、全てのあなたを受け入れてこのようになってしまいましたと言うのに。」


 急に饒舌になったとフェールが見上げると、腐っていたはずの蛇の髪の毛が一本、鎌首をもたげてフェールを見つめていた。

 髪の毛だった蛇だろうが、本体が巨大であるならば子豚ぐらいは簡単に飲み込めるだろう大きさの蛇の頭と太さである。

 フェールはぞわッとしながら、右手に力を込めて拳を作った。


「よ……せおま……え。ころす……な。しん……だら……すめ……ない。」


「置いて行かれるぐらいなら、あなたを七よに巻いて絞め殺し、愛しいあなたを噛み砕いて飲んでしまいましょう。」


 蛇はゆっくりとフェールへと、その長くて太い、殆ど干からびた体を伸ばしてから口を大きく開けた。


「クレイモア。」


 フェールの手には刃渡りの長い真っ赤な剣が握られており、彼は自分の血によって作り上げたそれを大きく振り払った。


 フェールに迫っていた蛇は頭と胴体を切り離され、大きな音を立ててそれぞれが床に同時に落ちた。


 フェールは斬った瞬間に蛇の頭が笑ったような気がした。

 それは、今の蛇の行動がアルバートルに殺されたかったあの頃の自分と同じだと、彼が勝手に思ったからである。


 寄生虫だらけで腐った地獄から抜け出せないのであれば、自分を保てる今のうちに傷みなく命を散らしてしまいたい。


「だけど今は違います!大事な子供を抱えている俺っちは生き残らねばなりません!リュミエール!」


 フェールは大声をあげ、世界は応える様にしてオレンジ色の輝きに満たされた。

 ばきゅ。

 白い皮膚が次々に破け、白い寄生虫が噴き出した。


「きゃあ!そういうことか!」


 どうして最初の女だけうなじから白い虫を大量に出していたのか彼は気が付くと、とにかく生理的嫌悪感だけでダグド魔法をもう一度唱えていた。


「ヒドルス!」


 再び出現した炎の蛇がフェールの周囲をぐるっと旋回し、彼が頭から被りかけた虫達を燃やし尽した。


 ざん。

 ざざざん。


 瓦礫の衝立程度の壁から、それは全ての壁から、ぎざぎざの切っ先の鉾が同時に何本も突き出して来た。

 壁は衝撃で外れて崩れ、支えを失った屋根がバランスを崩した。


「!!」


 フェールは自分を潰してしまうだろう重量になすすべもなく、ダニエラを床に下ろすとその上に四つん這いになった。


 がじゅうん。


 柔らかい何かが潰れる大きな音がしたが、フェールには何も衝撃を感じなかったと不思議に思った。

 巨大化け物がいたおかげで助かったのか?


「ダニエラちゃん大丈夫って、いない!」


 フェールが守ったはずの空間にな何もおらず、だが、彼の背中には冷たく柔らかいものが乗っている。

 彼は恐る恐ると自分の背中を見返した。

 フェールの背中にちょこんと座る幼児が、両手で屋根を支えていた。


「偉いな。助けてくれてありがとう。」


「へいき。」


 ミシ。


 フェールは次に起きるだろう事、このガラクタが壊れて沈む、という事を簡単に想像させてくれた音に脅えた。


「やばい、やばい。どうしよう!この後!下の水は消化液だよね!ああ、ちくしょう。サーチアイが無いからわかんないよ!サーチアイ磨かない馬鹿スクロペトゥムが相棒だから、こんな状況よくある、あるね、だったけどさあ!」


 ミシシ、ミシ。


「よくもナグルファル様を!」

「お母様を!」

「ざまああみろ!沈んで無に返ってしまえええ!」


 フェールは両目を瞑った。

 自分が何の狂言回しをさせられたのか、すっかりきれいに理解したのだ。


 寄生虫によってゴーゴナン人は族長筆頭に侵略されて支配され、だが、その寄生虫の意識を統括している宿主が族長であったがために、族長という宿主が死ぬことで民の解放を願ったという事か、と。


「素晴らしいです。族長様。でも、俺っちを心中相手に選んでほしくはなかったなあ、ですよ。俺は最悪な糞野郎の部下ですからね、生き残るためならば何だってしますよ?」


 フェールは大きく息を吸うと、大きな声で叫んだ。


「クレイモア!」


 剣を作るために腕を切っただけでなく、盾が作れない状況で盾が欲しいと彼がばらまいた彼の血が剣となって、上へと突き出した格好で生えた。


「ダニエラ。俺の下に戻って。水晶程度の強度しか無いんだ。真っ赤な剣が隙間を作っている間に急いでここから出るからね。」


「あい。」


 ミシシシ、ミシ。


「よーいドンだ!」

「あい。」

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