俺には腐るほど時間がある
「そうだな、お前の言う通りだ。お前を失う未来は、そりゃもう辛く耐えがたいものだろう。俺を揶揄ってくれるお前がいない世界は、そりゃもう俺には楽しくないものだろうさ。」
俺の肩に腕が回され、アルバートルが俺に寄りかかった。
そして、彼は女を口説くような声で囁いて来たのである。
「俺がいないと世界を恨むぐらいに悲しいって?」
「情けない事にその通りだな。」
「だったら俺も永遠にそばに置く方法を考えてくれないと!」
「お前は直ぐに死のうとしすぎるじゃあないか。そんなお前を、俺の永遠に付き合わせられるわきゃないだろうか。」
「あんたが俺の不幸も全部ひっくるめて引き取ってくれりゃあいいんですよ。多分ね。」
アルバートルは小馬鹿にしたようにして俺に眉を上下させて見せ、俺は彼が自分の事のようにして語るが、実際はエレノーラについて語っていたのだと気が付いた。
エレノーラの不幸も全部自分がひっくるめる覚悟を、俺に決めろと言う事か?
「そうだな。ああ、そうだよ。俺が覚悟を決めるだけだな。俺こそしがみ付くべきなんだな。」
アルバートルは微笑んだ。
友人として俺に、行けよ、という笑みを見せていた。
わかった、俺は妻を追いかけよう。
自分が全てを背負う覚悟で、彼女を迎えに行こう。
俺はアルバートルを見上げて微笑み返し、自分の肩に回されたアルバートルの腕を、感謝を込めて軽く右手の指先で叩いた。
「やっぱりあなたは兄さんがいれば良いだけの人だったんですね!」
会議室の戸口には憤慨したエレノーラ。
ひまわりみたいに輝く美しい金色の髪を逆毛させ、美しい空色の瞳を三角にして怒りを表す俺の美しい妻が、すぐそこにいたのだ。
ここでアルバートルと無駄にいい雰囲気だったらしいと気が付いた俺は、やばいと思うべきなのかもしれないが、そんな気持ちよりも喜びの方が大きかった。
俺は久しぶりの妻の出現がただただ嬉しいばかりで、彼女の金髪が夕日の光を受けて輝いている姿に目を細めた。
「ざまあみろ!気に入らねえからって、簡単に男を見捨てるからだ。」
「……ああ。」
アルバートルさんたら!
俺の隣の男は、俺の様な感情を自分の妹に抱くわけはないのだ。
当たり前だけれど。
俺はせっかく戻ってきたエレノーラを煽らないで欲しいと、アルバートルの胸元の布を掴んだ。
って、何で大事そうな手つきで俺の手を掴んじゃうの?あなた!
次いでアルバートルは、俺の手を自分の胸元から外して両手で包み込み、優しく俺の手を包んでいる指先で、大丈夫だよ、という風に俺の手の甲をとんとんと叩いたのである、意味深に!
腰が抜ける程のいい笑顔で、だ。
アルバートルさん?変な誤解を煽らないで!
「兄さん?」
「はっ、こんなに傷ついちゃって可哀想だからさ、俺が慰めてやってんだよ。」
アルバートルは立ち上がるとエレノーラに向き直った。
そこで小馬鹿にしたような顔つきで、嘲るようにしてさらにエレノーラに言い放ったのだ。
「男はなあ、お前が考えているよりも繊細なんだよ!まったく、お前は喜べよ。俺が女だったら俺がダグド様への生贄になってだな、お前の出る幕はねえ最高の愛人になっていたさあ。ああ残念だ。運命って何だろうねえ?」
「兄さんこそ何なのよ!」
俺は俺を庇ってくれているらしいアルバートルに感謝するよりも、もうやめてと言う風にして背中の布を掴んでいた。
「アルバートル。これ以上エレノーラを煽らないでくれ。お願い!」
アルバートルは先ほどとは違い、撥ね退けるようにして俺の手を自分から引き剥がした。
「全く!この間抜け竜が!こういう時は、俺が女になろうと自分はエレノーラを愛すって返せよ!せっかく汚名返上させてやろうと思ったのに汚名挽回しかしねえ。おい、エレノーラ。諦めろ。この竜はこの間までピンクな奴だったんだ。俺みたいな世事に長けた男じゃないんだ。リアクションがおかしくても許してやれ。」
アルバートルは真っ直ぐに戸口に行くと、エレノーラの肩を掴んで会議室に押し込むようにして突き入れた。
それから彼は会議室の扉を大音を立てて閉めた。
俺は親友でおせっかいの男の気持を大事にするために、座っていた椅子から立ち上がり、大事な妻へと腕を広げた。
「ダグド様?」
「エレノーラ。知っての通り俺は人喰い竜だ。人を喰った戒めに地下のボイラーを自分の血肉で作り上げ、この地から動けないように縛り付けられた囚人だ。」
エレノーラはむっとした顔となり、知った上です、と硬い口調で返した。
「君は知らないよ。」
「知って理解して、覚悟の上です。」
「ほら、わかっていない。君の存在が俺の希望だって分かっていない。空を自由に飛べない俺が君の瞳に青い空を見る事も知らない。だから永遠という時間で君の心が死んだら、俺が終わりになることも知らないよね。」
俺の腕の中に重たい衝撃を受けた。
エレノーラは背も高く、とても体格が良いので、とても重量感があるのだ。
前世の俺だったら、受け止められるはずのない人である。
「あなたがいれば私の心が死ぬことなんてありません!いい加減になさいな!」
「ありがとう。君がいるから俺の世界は幸せだ。君は俺のひまわりなんだ。」
「ダグド様!」
しくしくしくしく。
俺は腕の中のエレノーラを抱き締め返し、だけど俺を抱き締める彼女は笑顔ばかりで泣いていないと不思議に思って顔をあげた。
会議室の扉は再び開かれており、戸口には俺の子らしい小さなピンクな竜を抱いたシロロがおり、そいつらが仲良く涙をこぼしているのである。
「ぴゅるぽ、お父様は僕達がいらないらしいよ。」
「ぴゅる。」
「めんどうくせえな!」
腕の中のエレノーラは笑い声を立て、俺はエレノーラから腕を一本外すと、シロロ達においでという風に手を振った。
シロロはピンク竜を抱いたまま俺の腕の中に入った。
「シロロにぴゅるぽ、ああ、とうとうこの名前で呼んじゃったよ。とにかく、お前達は俺の大事な家族だ。俺の持つ永遠の時間を、一抜け無しに一緒に歩いてもらうからな!」
「では、今度からちゃんと家族を追いかけてください!イヴォアールなんて、モニークがどこに行っても追いかけて謝っているじゃないですか!」
「ごめんなさい。本当にすまなかったよ。」
「私は本当は愛されていないんじゃないかって、あのモニーク達を見て悲しくて悲しくて。」
「ごめん。本当にごめん。」
俺は家族を、大事な妻をさらに抱き締めた。
追いかけすぎだろ!不甲斐無いな!とイヴォアールを罵りながら。
また、出ていったアルバートルも後で追いかけなきゃいけないのかな?そんな不安も抱きながら、俺は取りあえず今できる事として、帰ってきた家族が再び逃げないように抱きしめていた。
お読みいただきありがとうございました。
本当は前の章で、ダグドが自分が死んだ後親友安彦が自分を想いながらゲームを発売して、金持ちになっていたりとの、ざ安彦ミュージアムな記録を島の記録で確認して、ちくしょうと思いながら「でもみんな生きているんだ。俺もここで。」とフィナーレとするところでした。
ですが、蛇族な安彦でダグド自身のメモリアルな気持ちがお腹いっぱいになり、また、ダグドの子供が生まれるまで出来ませんでしたので、この章となりました。
長くお読みいただきありがとうございます。
大好きなキャラクター達ですので、今後も不定期で続きを書いていきたいですが、書く期間が開きますと、「続きを書く可能性が無い」みたいなアナウンスが題の上に出ますので、いったんここで完結にいたします。
本当にここまで書けましたのはお読み下さる皆様のお陰です。
ブックマーク、評価、ありがとうございます。




