暗黒司祭と煩い息子達
とにもかくにも、俺は緊急的にシロロと話し合わねばならない。
シロロが俺を敵としなくなったのは、親子の名乗りを上げた事で、俺こそシロロの父としてジョブチェンジして暗黒黒竜がこの世から消えたからであろう。
ハハハ、実はダグド領は既にシロロの支配地として、魔物の目で見てみればシロロ色な白銀色に染まってやがるんだぜ。
さらに言わせてもらえば、シロロがガルバントリウムの本拠地を破壊した事で、ガルバントリウムの支配地は世界のそこらに小さく点在しているという、魔王に支配されているゲームの開始状況と同じ状況なのである。
「マジやべえな。ここに勇者が現れりゃ、すぐにゲーム前半終了イベント開始って状況じゃねえか、って、勇者もういるし!」
黒髪に黒い瞳と童顔のために日本の高校生男児にしか見えない二十歳越えているフェールという男は、教会の騎士になりたくないからと嘘名前を騎士登録の書類に書いた。
それがために、彼は剣士ではなく自由人という勇者に育つジョブとなっているのである。
「あいつらが俺のガキになんかしやがったら!とにかく先手必勝だ!まずはシロロのストッパーになり得る男を捕まえねば!」
俺は領地内にいるはずの、シロロの遊び相手にしてゲーム世界では暗黒司祭として魔王の右腕になっていたはずの男、ゲーム世界では無いここでは単なるシロロのお守り役となっているエランの姿を瞼に浮かべた。
チョコレート色の短い髪に、宝石のような青緑色に輝く貴族顔をした男は、元司祭見習いだけあって、真っ直ぐで慈悲深い男だ。
彼にシロロのコントロールを頼むのだ。
「あ、ダグド様。突然こんにちはです。」
白地に紺の蔦模様の描かれた浴衣を着たエランが、団扇を仰ぎながら突然に目の前に現れた俺に気軽な挨拶をしてきた。
「お前、軽くなったな。」
「あ、そうですか?これに着替えたからだからでしょうか。浴衣はいいですね!涼しくて気分まで爽快です!」
「俺も涼しい夏服を君達に支給しなかったか?」
エランはニコッとそれはもう気立ての良い性質が見える微笑みを俺に向けると、俺の視界を遮っていたという風に横に一歩退いた。
彼がいて、俺が出現したここは、騎士団が集合する会議室。
会議室のテーブルのど真ん中には大きな段ボールが置いてあり、その中にはまだ手渡されていない人用の浴衣セットが一セットだけ残っていた。
「ノーラにお礼どころじゃないですね。全員お揃いで縫ってくれました。領民の皆様にも柄違いで作ったらしいですよ。夏は涼しいのが一番って!」
「俺の夏服は?」
真っ直ぐで嘘をつけない男は、真っ直ぐに俺を見つめて、真っ新な笑顔で俺に答えた。
「涼しいのが一番ですよね。」
「ちがう。お前らは着やすいのが一番なだけだろう!」
中世世界の人間である男達は、最新の素材を使って作ったシャツとズボンという制服よりも、裸に羽織って帯締めてお終いな日本の民族衣装の方が楽でお気に入りらしい。
現代人ならば独特の帯の結び方に四苦八苦するが、ひも結びに長けている彼らには、自分好みに結び目が作れる事こそ楽しいのかもしれない。
エランの帯の結び目が格好いいなと、俺こそ思ってしまったのだ。
「動きやすいですよ。冬は丹前をダグド様こそ奨励していたじゃないですか。それでこれはノーラの差し入れです。彼女って本当に皆の事を考えていますよね。」
俺の事は考えてくれないがな。
琥珀色のサラサラな髪をして、琥珀の中に緑の葉っぱが閉じ込められているような神秘的な瞳をした美女、ノーラさんのしてやったぞというどや笑顔が俺の脳裏に閃いた。
ついでに、エランがノーラに片思いをしていることも思い出した。
ノーラが縫った着物ならば、駄目と言われてもエランは着るであろう。
俺は俺の制服を着ないことに文句をつけたいが、エランにだけは叱ることが出来ないと溜息を吐いていた。
全くあの鈍感娘、とノーラを罵りながら、だ。
そこで、がちゃがちゃっと会議室のドアが開かれ、機嫌よく浴衣姿の男性二人が室内に入ってきて俺に能天気な言葉を次々に掛けてきた。
童顔のフェールという名の勇者と、ノーラの婚約者の小石野郎だ。
「あ、パパになっておめでとうです。」
「俺っちも赤ちゃんに会いに行きたいんだけど。いつお披露目ですか?」
彼らはあの団長とやらに、事態の説明など、何も受けていないのであろうか。




