蛇は地の底から世界を支える
アルバートルの百鬼眼システムによる解析画像によると、白い蛇は大口を開けて白い建物を齧っており、その口の中に餌を流すように階段が出来ている、という状況だったのだ。
階段から勢いよく転げ落ちたシロロ達は、その巨大なへびの腹か喉元当たり、つまり、腕で蛇の真似事をした時の曲げた肘部分にいるのだ。
「生きているんだよな。」
「生きてますね。俺にも見通せない地底の奥まで体が続いていますが、外壁のような外骨格に血管があって、そこに光のように見える液体が循環しているのはわかります。つまり、俺には全体像が見えないほどに巨大な蛇って事です。いえ、見えるのが蛇のような頭というだけで、その下には竜の体が続いているのかもしれませんけどね。」
「そうか。とりあえず、全員に戻って来るように伝えてくれるか?俺からの干渉をシロロが撥ね退けるんだ。」
「あなたを?珍しいですね。では俺が中に入って呼んできましょう。」
俺は肉体の目でシロロ達の映るスクリーンを眺めながら、自分の能力の方でアルバートルを直に見つめた。
アルバートルは早速シロロ達が入って行った電話ボックスに向かっており、シロロ達が入り込んでいる場所が蛇の腹だと知っていながらも、なぜか嬉々としている様子に俺は違和感ばかりだった。
俺が副官のイヴォアールに視界を動かすと、彼は自分の相棒である上司を物凄く嫌そうな顔で眺めていた。
「イヴォアール。君はアリッサと一先ず戻ってくれるか?」
「いえ、俺は何かあったようにここで待機します。アリッサだけはそちらへ。」
イヴォアールの隣でアルバートルを眺めているアリッサは、イヴォアールの言葉にうんうんと頭を上下させたので、俺はアリッサはダグド領に戻した。
下に水着を着ていた彼女だったが、今は水着姿でしかなかった。
アリッサは先程の戦闘でゾンビの腐った肉塗れとなっていたが、アルバートルにその汚れた服をちゃんと脱がせられていたらしいのだ。
よって、彼女が残ると言っても無理にダグド領に戻すつもりだったので、彼女が素直に帰ってくれたことはありがたい。
だけど、君!その格好でアルバートルのお膝になんか乗っていないよね!
俺はモヤモヤした気持ちになりながら、入り口の電話ボックス付近で未知の物体の材質を確かめているらしき男に再び視線を戻した。
「アルバートル、君さ――。」
がん。
アルバートルは俺の目の前で危険な行為をしやがった。
「どうして蹴るの!中にまだ俺の娘と君の部下と、魔王様がいるんだよ!」
「閉まってやがるんですよ!ドアは開いているのに変なガードが出来ています。ああ、ちくしょう。俺の銃で壊せるかな?このガードは。」
「だから、中のシロロ達が危険になるかもだから、おおざっぱな攻撃行為は止めてちょうだいよ。」
「ですがダグド様!俺が行かなきゃ困るでしょうが!こんな滅多にない危機的状況!どんだけ経験値が稼げると思っているのですか!」
違和感を抱く必要も無い事だった。
人が自分よりも経験値を稼ぐのが嫌で堪らない、負けず嫌いのゲーム脳のこの男は、自分こそ中に入って経験値を稼ぎたいと考えているのだ!
あんな馬鹿みたいな銃を作り出しておいて!
またさらに、無駄に破壊力だけが大きな弾丸を射出できる銃を手に入れようと言うのか!
俺はイヴォアールを見返した。
「君はやっぱり帰るか?」
「いえ。中にはアル以外の人間が入ってますから。」
「俺はどうして君のような素晴らしい男を虐めたりしたんだろう。君こそ娘を使っても我が領土に取り込むべき男だったというのに!」
すると灰色の髪をした砂漠の王子風の男は、ちょっと、という風に右手を上げて思い切り俺の言葉を辞退するような素振りをした。
俺の娘の一人と結婚しておいて!
結婚できたから俺からの寵愛はもういいのか!
「嫌なのか?俺は君を虐め過ぎたのか?」
「いえ、あの、俺を褒めるとアルが面倒臭いので。そういうのは別の機会で、いえ、モニークの目の前でお願いします。」
実直そうなイヴォアールこそ計算高い男だったと、俺はどうして忘れていたんだろう。
アルバートルなんか賢く有能そうに見えても、時には単なる戦闘狂の直情野郎にしかならないと、俺は知りすぎる程に知っていた癖に。
がん、がん。
「あ、開かない。ちくしょう、ダグド様、こいつはぜんぜん開きませんよ。」
「お前はいい加減に諦めて、俺には出来ない帰還命令をシロロに出してくれよ。」
アルバートルは不貞腐れた顔を作ると、エランがリリアナの手を使って入り口を開けた大きなドーム型のオブジェに向かい、腹立ちまぎれに――。
「蹴るなよ?頼むから蹴らないでくれ!」
「蹴りませんよ。おかしな絵が浮き出ていたので確認です。」
「おかしな絵?」
「地下には大蛇、そして、竜族のリリアナで開いた入り口でしょう?それなのに、このドームには犬の絵が彫られていますよ。」
「犬?」
「ええ。頭が三つの化け物犬の絵です。」
俺は手の平で自分の額をピシャリと叩いた。
この世界が俺と安彦が作り上げたゲーム世界が具現化したパラレルワールドであるのならば、世界の仕組みもゲーム管理に酷似したものでは無いのか?
ネットゲームにはサーバー管理がつきものだ。
ゲームの遊戯者が課金したり個人情報も入力したりするのならば、暗号化された安全な個人認証が必要となる。
「ケルベロス認証か!そうすると、蛇はナーガラージャの一人であるアーディシェーシャって奴か。蛇族が住む地の底で世界を支える蛇か!」
「ダグド様?」
「アルバートル。そのドームに君も手の平を乗せてごらん。それはこの世界の人を認証する機械だ。君にも地下への扉が開くだろう。」
俺達が作ったサーバー、アーディシェーシャ。
俺達のメモリーが詰まった、この世界の理がここにあったとは。




