俺達の記憶にない世界
カイユー達は未だに沈黙している。
俺はアルバートルに繋ぎを取らねばと、アルバートルに呼びかけかけた。
「何をやってんですか!あなた方は!シロロ様が無事だったから良かったものを!あなた方のせいで階段落ちなんて危険な事に!」
エランの大声に俺はモニターを見返した。
真黒だったモニターは明るく輝き、その画面いっぱいに、エランの真っ赤になった怒り顔が映し出されていた。
そのすぐ後に映像修正が入り、映像は俺に分かりやすいTPS(三人称視点)に切り替わった。
彼らがいるのは、そこかしこが真っ白で光沢のある床と壁という、この中世風の世界とはかけ離れた殺風景な風景である。
カイユーとフェールはそんな真っ白でなめらかな光沢のある床に、彼らが落ちて来た階段を背にぺちゃんと座り込んでいた。
俺は傷一つない彼らを目にできて、取りあえずほっと落ち着いた。
だが、落ちた当人である二人は、本気で死ぬと覚悟してしまったのだろう。
彼らは自分の無傷を不思議がるどころか、深呼吸をして気持を落ち着けるのが精いっぱいのようだった。
「大丈夫だよ、エラン。僕には絶対防御があるもの!」
シロロだけは完全に余裕で、腰に手を当てて胸を張って自慢して見せた。
絶対防御とは、本当に非常識な設定だ。
そして本当に、この「絶対防御」がある魔王様を、どうやってプレイヤーに倒させようと安彦は考えていたのだろうか?
「でも、絶対防御を忘れちゃったら、あなただって怪我をするでしょう?」
エランの言葉を聞いたシロロは、あ、と言って自分の頭に手を当てて舌をペロッと出して見せた。
俺は可愛いと奴のその姿に震えたが、これはシロロ以外がやれば癇に障るだけの素振りであろう。
さて、俺がエランとシロロの会話で気が付いたが、俺はその気が付いた事で気が晴れたと喜ぶよりも、ヤクルス族の長老めいた安彦の顔を思い出しながらウンザリと溜息を吐いた。
ああ、ちくしょう、そうかよ、安彦め、と。
結局は、魔王戦闘時の確率をハードにしただけの話だったのだ。
確かにパチンコと似ているそれじゃあ、パチンコ玉(ネットでお友達になった方々の攻撃)が多ければ多いほど、魔王というフラワーに玉が入る確率が上がって、難攻不落台が大当たり台に確変しそうだな!
参加プレイヤーというパチンコ玉に、どれだけ課金という消費をさせる気だったのか知らないが。
さて、俺の長年の疑問が解消もされたことで、俺はシロロ達が降り立った世界を改めて見直すという余裕が生まれた。
だが、周囲を見回した事で、そこが、全く異質な場所だという事実を改めて知っただけである。
真っ白なだけのこの空間が、ベッドのない病院の一室か、宇宙船の内部のようにしか見えないのだ。
幻想的な洞窟の地下となる場所に、塵一つない無菌室のような白い空間が広がるとは、一体誰が想像したであろうか。
壁も床も、シロロ達が潜った電話ボックスのような四角い箱、それと同じような素材で出来ていた。
白いクリーム色のそこかしこが虹色に輝く、オパールや雲母、あるいは貝殻のようなその材質は一体何なのであろうか。
この清潔で無機質な世界を、俺はこの世界で初めて見たと感動もしながら、俺と安彦達作った人型の竜族の設定にはこんな要素は無かったはずと首も傾げた。
「ここは何なんだろうな。」
「シロロ様もお分かりにならないそうですよ。」
俺の耳もとでアルバートルの囁き声が聞こえ、FPS視点とTPS視点の切り替わりはアルバートルの干渉だったのかと気が付いた。
「わお。君は幻想的な洞窟でアリッサを口説いていただけじゃないんだ。」
「失礼ですね。俺は外から彼らを見守っているのですよ。この材質も不明すぎる建造物は、俺のサーチアイではサーチ不能です。」
「君のサーチアイは君が知らないものはサーチしないじゃん。で、百鬼眼システムで建物の構造は見通したんだよな。何だった?」
大きなモニターに全体像が映し出され、シロロ達の映像は中小のモニターにと切り替わった。
俺は大きなモニターなど見なかった事にしょうと目を閉じたかったが、俺が直接にシロロ達がいる内部を見る事が出来ない理由を直視せねばならないだろう。
「これじゃあ、ガルバントリウムが作ったものどころか、」
「ええ、ここは、竜人族の作り上げたものではないわ。」
リリアナは目覚めていた。
彼女はエランの腕からそっと降りると、真っ白な壁に歩み寄って光沢のある無垢な壁に手を当てた。
ほうっ。
リリアナのものでも、シェーラのものでもない。
女性の吐息を漏らした声が辺りに響いた。
それもそのはず。
シロロ達が降り立ったどこもかしこも真っ白な世界は、真っ白で巨大な蛇様の体なのである。
つまり、俺の娘と息子達は、大蛇のお腹の中にいるのだ。




