ヤクルスの長老
俺達の部隊は、長老二匹が先導となって、これからヤクルスの町に連れていかれることになった。
木々から舞い降りた彼らは二足歩行の人間じみた動作であったが、全員衣服らしきものを何一つ身に着けてはいなかった。
トカゲそのものの鱗のあるひょろりとした体には雌雄を見分ける性器のようなものも見えず、顔が人間めいていなければ普通に美しい巨大トカゲでしか無かっただろうから不要なのだと理解した。
が、美しい肢体だからこそ、俺はそこでむくむくと疑問が湧いた。
どうして顔だけ心霊写真のお化けみたいな生気のない人間顔なのだろうか、と。
カナヘビみたいな大トカゲだったら、俺は積極的にお友達になりたいと心が動いたはずであろうに!
俺はやるせなさを含んだ黒い感情のままヤクルスの長老二匹を見直し、前世で俺が友人に余計な事、もうちょっと捻ろ、なんて言ったからなのだと反省した。
「お前さ、婚約者と自分の顔の写真を取り込んで、そのままトカゲ写真に被せやがったな。適当な皺なんて入れるからさ、俺はわかんなかったよ。」
ヤクルスの子供達の顔が心霊写真みたいなのは、友人が婚約者の顔と自分の顔を混ぜこんで作った画像だからなのだろう。
馬鹿だな、と俺は自然に口元に手を当てていて、そこで自分の頬に涙が落ちていた事を知った。
インドアでしかない俺達がグアムまで行き、そこでパガットケープにまで足を延ばしたのは、友人が恋した彼女の就職先が小さな旅行会社であり、グアム在駐となった彼女が現地案内をしてくれるからとオプションをつけまくったからだった。
「お前一人で行きゃいいのに、俺まで引っ張って行ってさ。」
俺はシルクスクリーンに映っている懐かしい顔を改めて見つめると、その隣の見覚えのあった彼女が俺を邪魔者にするみたいにして顔を動かした。
「卵を守って頂きありがとうございました。」
過去に浸って今を忘れていた俺はかなり慌ててしまい、はひゅっと息を飲んだばかりか、彼女に対して応えた声は少しだけ裏返っていた。
「あ、いいや。だが、羽化させて放してしまったのは、まだ、ガルバントリウム勢力があった時でしょう。危険な場所に返しちゃってごめん。」
大将が何を軽い声を出しているかな、そんな唸り声の呟きが聞こえた。
いや、お前の呟きのせいで俺こそ部下に簡単に罵られる対象だってバレたよ?
「大丈夫です。」
「え、俺に期待していなかった?」
俺はヤクルスが俺の心の声に応えるようにして大丈夫なんて言って来たので、かなり焦ってしまったのかもしれない。
ダグド領にいる俺の姿はヤクルスには見えないだろうが、威厳が無いという事は完全にばれてしまったようだ。
ついでに、その原因となった男は、躾けてやろうか、という怖い視線をわざわざシルクスクリーンに小窓を作って俺に向けてくれた。
「……ダグド様。」
「いや、だって、君がさあ。」
「危険でも子供の姿に育ったのならば大丈夫という事です。」
俺はヤクルスがデミヒューマンで良かったな、と、今初めて思った。
彼女は俺達のいがみ合いなど何の感慨も無く、自分が話したい事だけを話すようなのだ。
「人間達が壊すのは卵だけです。成長しきった子供、それも群れになった空飛ぶ者に襲いかかるなど、臆病な猿に出来るはずもありません。」
人族を猿ひとくくりにするヤクルスの言葉に、アルバートルは口元をほんの少しだけ歪めたが、それでも彼は自分の美貌の成せる技を知っているのか笑顔だけは崩さなかった。
いや、崩せなかったが正しいだろう。
蛇は愛情豊な生き物でもあったようで、懐かしい人達が自分達に会いに来たとヤクルスの子供達は喜び、木々から舞い降りて来るやアルバートル隊の背中や胸に張り付いてしまったのだ。
特にアルバートルは人気者で、他の面々には二匹程度なのに、一人で五匹ものヤクルスに体中に貼り付かれている。
シロロサイズが五匹だ。
重量がシロロほどなくとも邪魔な事この上ないだろう。
だからってその不機嫌を全部俺に向けて欲しくはないが。
ちなみに、アルバートルにしがみ付くヤクルスに焼餅を焼かないように(撃ち殺してしまわないように)と、カイユーの我が領土への強制送還は急いでした。
彼の身柄は婚約者のノーラに預けたので、二時間ぐらいはダグド領に一人ぼっちでも大人しくしてくれるであろう。
畜生!
アルバートル隊はダグド領を守る兵士の癖に、アルバートルがいる場所じゃないと貧乏くじに思えるってどういうことだよ!




