竜の卵が僕には未知である理由
俺は何度か呼吸をすると、自分の右手の手の平に隠された幼子に対し、彼の名前を何とか呼んだ。
「シロロ。」
「……遅すぎました。卵は全部虫たちに食べられていました。」
俺はシロロの呟きに、やはりと、ぎゅうと両目を瞑った。
そして、自分の為に頑張ってくれた子供に、気にするな、と言ってやるべきなのに、俺の喉は詰まったようになって何も言葉を続けられなかった。
だってそうだろう?
エレノーラは何とか命は助かるが、彼女が自分の命同然に今まで抱えていた子供を俺が手にかける必要があるという事なのだ。
ああ、この仕事だけは、シロロにも誰にもさせてはいけない。
まだ生きている我が子に、生きて生まれる事が出来ないからと、父として俺こそが葬らねばならないだろう。
「ああ。」
「くすん。ごめんなさい!殻だけでも、殻だけでも残っていたら、僕は、僕は竜の卵を再生出来たのに。」
俺はスクリーンが邪魔だった。
今すぐに可愛い子供を抱き締めて、俺と同じぐらいに傷つき嘆いてくれる彼の温かさを感じて癒されたいと望んだ。
「――そうか。お前に理解できない卵だとは、やっぱり竜は特別なんだな。俺は卵なんてみんな同じだと思っていたからさ。」
スクリーンの中のシロロが背中をピクリと痙攣させた気がした。
しかし、どうかしたのかとシロロに俺が尋ねる前に、俺とエレノーラの子供、その伯父となる男が俺の肩に腕を回して来た方が早かった。
「アルバートル。」
「すいません。あなたに夢を見せて、そして、残酷に終わらせてしまった。」
「アルバートル。」
「ええ、俺も夢見ていました。だって、竜の卵の破片さえあればシロロ様だったら再生できるはずなんです。それが、ああ、あんなくそ虫に全部齧られて消えてしまっていたとはね。」
「……ごめんなさい。」
「お前のせいじゃ無いだろ?俺がちゃんと知っていなきゃいけなかった事だ。お前にね、最初に聞けば良かったんだよ。竜ってどんな風に生まれるのかなってね。それをしなかった俺が悪いんだよ。」
「……僕が知らないのがいけないの。普通の竜は地面に卵を埋めるの。するとね、卵は地面の温かさと地面の中の栄養とかきれいな水を吸って、中の赤ちゃん竜と一緒に大きくなるの。卵の殻がね、大きくならないとなの!」
俺はシルクスクリーンから手を離すと、その右手で自分の額を強く打ち付けた。
畜生!
そういえば竜のイメージって、足のある蛇かトカゲじゃねぇか!ってね。
「ダグド様?」
俺はアルバートルの腕を軽く払うと、再びシルクスクリーンのシロロへと手を伸ばしていた。
今度は包み込むようにではなく、こっちを向け!という風にシロロのすぐわきを叩いて見せたのである。
彼は俺の動きを察知したのか、ようやく俺に顔を向けた。
この世の終わりというぐらいに、光も消えた真黒な双眸を俺に向けたのだ。
「シロロ、聞け。その島はトカゲや蛇は沢山いるだろ?そいつらの卵を参考にしようか。蛇もトカゲもな、地面に卵を埋めるぞ。それでな、その卵は中の赤ちゃんと一緒に大きくなるんだ。いいか、蛇やトカゲの卵は土ン中でな、産んだ時の二倍の大きさになるんだぞ!」
シロロは両目に光を取り戻してぴゅるぽと叫び、俺の真後ろに立つ男は、俺は蛇の伯父になるのかよ、と、失礼なぼやきを義理の弟に聞かせやがった。




