俺のケツを舐めろ
エランは力なく床に座り込んでいただけでなく、膝を立てた右足を茶色と緑色の混ざったあぶくに巻き込まれていたのだ。
どうやらその小汚いあぶくは、フェール達が散々に切り捨てて来た巨大虫の1匹が、最期のあがきで吐きだしたものらしい。
「うげえ。こいつらそんなん吐いたのかよ。俺っちは君よりやっぱり上級だね。虫が断末魔を上げる間もなく一刀両断だ。」
「こいつは君が止めを刺しきれなかった個体ですって。俺の方に逃げてきて、そのまま、どばあ、ですよ?」
「うーん。君は俺っちのうんこに足を突っ込んじゃったってことかあ。」
エランは疲れ切った青白い顔だったが、かっと頬骨の辺りを赤く染めた。
「フェール。あんまし真面目君を揶揄うなよ。」
「はいはい。」
フェールはカイユーに答えると、ふうと息を吐き、しゃがみこんだ体を立ち上がらせるために両足に力を込めた。
ここはフェールの負けん気だけだ。
カイユーも床に沈み、エランも尻餅をついているならば、フェールこそ立ち上がって見せたいじゃないか、と。
「で~は。肥溜めに囚われた王子を助けて存じましょう。では、王子様、このフェール様にお願いしますと言えますかな?」
端正な顔立ちの男は、フェールにもわかるぐらいに、目を細めての感情を思いっきり害した風な顔つきをしてみせたが、生来の真面目で誠実な性質の方が強かったのかフェールが悔しくなるぐらいにあっさりと頭を下げて来た。
「お願いします。わたくしめの石化も解ける状態異常を解く魔法が完全無効でございますからね。助け出して頂けましたら、お望みの通り、フェール様のお尻の穴だって舐めさせて頂きますよ。」
「あ、くそ。お前って本気でヤな奴だよな。」
「冗談ではなく、急いで動きましょうよ。君も俺もいつもの調子じゃ無いでしょう?」
「ああ、そうか!ああ、俺もさあ、おかしいと思ったんだよ。ぜんっぜん、力が入らなくなったんだもん。ねえ、フェール。エランは気が付くなんてさすがだね。」
「そんなことないですよ。カイユーは大丈夫ですか?多分ダグド様の言っていた塔の圧が俺達にかかっているのと、この甲虫達の吐きだす息に毒素があったんだと思う。俺の状態異常解除で俺の身体は楽になりましたから。」
「ああ!お前のその魔法は毒消しの為に使ったのか。」
「ええ!この硬化した体液は燃やすしかないと俺のサーチアイは言っていますから。お願いしますよ、フェール。」
「お前は、鷹の目以外のスキルも磨き始めていたってことか!」
「シロロ様との一か月はなかなかの冒険でしたから。」
フェールは口を閉じ、右手をエランの右足に向けて軽く翳した。
エランの状態をフェールが気軽に揶揄う事が出来ていたのは、その虫のあぶくでエランが怪我をしているわけではないからだ。
ついでに言えば自分の状況の方がエランよりも上だった余裕からでもある。
が、状況は変化した。
エランが返して来た言葉よって、フェールこそ気が付いていた全員の状態異常を先に知らされ、さらにはその解除までして貰えるという立場の逆転が起きてしまったのである。
ならば、フェールはその逆転こそ逆転させてみせると思い立ったらしいに違いない。
「歯ぁ、喰いしばれよ。」
「フェール?」
「ふぁいやーぼーる。」
「って、おい!って、うわあ!」
一瞬でエランを拘束していた虫の吐しゃ物は燃えだし、エランは燃えて崩れた燃料となったあぶくから炎が燃え移った右足を抜いて転がった。
「あっつ。君は!」
「ほら足を出して。俺のメガヒールを堪能させてやるよ。ヒールがレベル1のエラン様にはできない芸当だけどね。」
しかし、悦に入ったフェールの目の前に出されたエランの右足は、ズボンが膝下から燃えカスになっているにもかかわらず、怪我一つ見えない綺麗なものであった。
驚くフェールに対して、エランはしてやったりの笑顔を見せた。
「シロロ様に教会に施されたヒール固定を解いてもらったんだ。俺も使えるよ?メガヒール。君と違ってまだレベル1だけどね。」
フェールは見るからにぐぬぬと悔しそうに固まった。
俺は大事な事を忘れていがみ合っているだけの彼ら三人を眺めながら、とにかく誰かシロロの後を追いかけて欲しいと願った。
だってほら、フロアの中心に到達したシロロが、俺のトラウマな化け物卵、あの真っ白なイースターエッグさんに変化してしまったんだよ?




