おかしな状態
「シロちゃん遅いよ?」
ぽん、という擬音が似合う出現を見せた魔王にフェールは声を掛けた。
しかし、シロロはフェール達に加勢するどころか彼らに目もくれず、てててとフロアのど真ん中目指して駆け抜けて行った。
たいへんだたいへんだ、いそがないといそがないと!
子供はじっとしておらず大騒ぎするもので、慌てふためいて走る姿におかしいと思う大人こそいない。
けれども、シロロが慌てふためいた姿を見せつけるようにして眼前を走りすぎた光景は、フェールには微笑ましいどころか背中に怖気が走っただけだった。
それは、だって、あの子は魔王様だから!
「どうしたって、シロちゃん!」
フェールはシロロの後ろ姿に叫んでいた。
それからすぐにフェールはシロロの後を追おうとしたが、彼は自分の足を動かすどころか自分の足元がぐらついたそのまま床にしゃがみこんでいた。
「だっさ。はは。」
口調こそ軽いが、フェールの実情としては、しゃがみこんでいる上に、床に立てた自分の剣に自分の体重をかけている状態だ。
「いやだあ。これじゃあシロちゃんを追えないじゃん。情けな!」
あの程度の戦闘で肩で息をしているなど軟弱化したな、と彼は自嘲し、しかし、シロロは追わねばと彼は相棒に目線を動かした。
!!
なんと、自分の相棒のカイユーまでも、膝を床についての四つん這い状態で、肩で息をしている姿だったのである。
「マジかよ?君は俺よりも頑強な兵士さんでしょう?」
「良く言うよ。ちらともそんな事思って無い癖に。だけど、ああ、だめだ。」
カイユーは駄目だと言った言葉通りに床にべちょっと潰れ、しかし床が汚いからかごろんと仰向けに転がり直し、そしてそのまま動きを止めてしまった。
「おーい。」
「ちょっと、ちょっとだけ、きゅうけい。」
「おいおい。背中が汚れるぞ。」
「いい。どうせどこもかしこも虫の体液だらけだもん。」
「そうだけどさあ。」
フェールはいつもの軽い口調でカイユーに呼びかけたが、カイユーが完全に脱力している様に、自分の今の疲労困憊な状態にこそ訝しむ思考が働いた。
ちなみに、同じフロアのどこか(顔を向ければすぐそこ)にいるエランについては、フェールは声を掛けるどころか敢えて見ない振りをした。
あの貴族的な姿形の男が、フェールやカイユーと違い、汗ひとつかかず涼しい顔をして立っていたらと思うと、フェールが思い当たった今の現状の怪しさこそ覆されるじゃないか、と。
彼は自分達の状態が、ダグド領でだらけていた結果ではなく、このデミヒューマン達の住処に潜っている後遺症だと思いたいのである。
それに、エランに負けたと考えるのはフェールの癪に障る。
フェールにとってはエランは恵まれた男だ。
エランは家族を教会に殺されている。
そこはフェールと同じでもあるが、フェールと違いエラン自身が虐待を受けたことは無く、それどころか、エランは司祭見習いとして教会に囲まれていたのであり、安全で清廉なお育ちをしているとフェールには思えるのだ。
「エランは生き抜くためにさ、偉い奴のケツの穴を舐めた事があるかね。」
「……なんだって舐めますよ!はあっ、この糞溜めから出て行けるならね!」
自分の思わずの呟きに応えた声があがり、そのフェールよりも低くて良い声が唱えた台詞に驚いたフェールは、思わず自分の後ろ斜めを振り向いた。
「ぷ。本当に糞溜めじゃないか。お前にしては格好いいな!」




