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エレノーラと赤ん坊の一大事

 ゴキブリは光走性があるのかないのか。


 取りあえず前世の俺の経験では、暗い寝室で見かけた時に光を当てるとピタッと動きを止めるが、日中窓を開け放つと近所の家から俺の部屋に飛び込んで来た。


 つまり、専門ではない俺にはどちらとも言えないどころか、思い出したくもない恐怖体験を与えてくれた存在でしかない。

 よって、俺はそんなゴキブリ、それも育ち切ったミシシッピアカミミガメサイズの害虫の駆除に勤しんでいる部下に意識を飛ばすよりも、大きな腹を抱えて苦しみ喘いでいるはずの妻のもとに戻った。


 彼女は俺にはいつも微笑む。

 熱が出ていようが、親知らずで歯がとても痛い時でも、俺には大丈夫だと言って微笑んでみせるのだ。

 俺はそんな彼女に対して、俺に頼らず強がったことを責める気持よりも、彼女が大丈夫だと言ったその頬に手を当てて、彼女の苦しみを治療してきた。

 人食いの黒竜の癖になんだかんだと生にしがみ付いている俺だが、それでもその時ばかりは俺が生きていて、そして、彼女を癒せる黒竜で良かったと誇らしい気持ちにもなっていたものだった。


 俺は夫婦の寝室に戻り、俺達のベットに真っ直ぐに向かった。

 そして、そこに横たわって眠る妻の額に手を当てた。

 そこで俺は自分が何をしてしまったのかと、愕然としながら気が付いた。


 エレノーラが息をしているが目を開けないのだ。


 その呼吸だってしているかどうかも判別できない程のかろうじて、という状態、どうして俺は彼女の傍から離れた?

 どうして、大丈夫だから、なんてエレノーラの言葉を信じたんだ?

 彼女の命の灯がこんなにも小さくなっているじゃないか。


「大丈夫です。フェール達が頑張ってますから、エレママに捧げられる魂は一千以上あります。それに、エレママの時間をゆっくり設定しておきました。」


 俺は振り返らずに、自分の魔王に尋ねていた。

 俺は思い出すべきであった。

 俺の魔王様は俺の妻にこそ隷属している時もあるのだと。


「ぜんぶ、計画的、だった?」


「いえ。竜の卵を見つけるは計画通りです。エレママをゆっくり時間設定にしちゃうのは急でしたけど。」


「俺が知らない間に?」


「だって、知らせるなって、エレママが。」


 俺は自分一人で全部決めて、俺の負担にならないようにと心を配る、一番の俺の裏切り者の手をぎゅっとつかむと、後ろに立っているであろうシロロに振り向いた。

 横縞柄のTシャツにバミューダパンツ姿のシロロは遠足中の幼稚園児にしか見えず、そんな彼は姿通りのあどけない笑みを顔に浮かべて俺を見返した。


 彼はさすがに魔王だ。

 彼の姿はあざといと言えるほどの可愛らしさだったが、俺が纏い始めた怒りのオーラについては、全く意に介さないという太々しい魔王そのものじゃないか。


「俺の知らぬ間に仮死状態化とは。それを知らせるなって事は、失敗したら彼女が目覚めることは無いから、という、あいつにとっては俺との永遠の別れも覚悟した事だったからかな。」


 シロロは首を横に振った。


「ううん。さっき陣痛が来ちゃったから。うーん困っちゃった。竜は卵で五年は熟成しなきゃなのに、今出ちゃったら赤ちゃんが死んじゃう。だからエレノーラをまず眠らせたの。僕は竜の卵を見た事が無いから竜の卵の殻を作り出せないんだ。だから、ええと、もじょの塔の底にフェール達にとにかく早く辿り着いてもらわないとなのです。」


「え?」


 俺は再び妻に振り向き、彼女の大きなおなかを見つめ直した。

 今まで中を覗くという事をしなかった俺が、初めて中を見通したのである。


「嘘だろ。」


 お腹の中の赤ん坊は竜の姿しかしていなかった。

 そして俺は初対面な赤ん坊の姿に、感動、よりも血の気が引いていた。

 ほんのりと桜色をした薄ベージュ色の肌を持つという、人間の赤ん坊のよな質感でありながら姿形が単なる竜でしかないのである。

 やばい、妻と子をどちらを選ぶなんて聞かれたら、妻だと即答するしかない我が子じゃないか。


「エレノーラ成分こそ欲しいのに!いいよ、出しちゃって。エレノーラの身体こそ第一!」


「ええ!僕はもうこの子にぴゅるぽって名前を付けたのに!ダグド様は酷い!」


 魔王はちびっこでしかない外見によくあったちびっこな罵りを俺に叩きつけると、俺と妻の寝室を飛び出し、たかたかと足音をたてながら城の廊下を走り去っていった。

 長い廊下なのにすぐに過去形なのは、彼の足が速いからではない。

 彼は走りながらぷつっと姿を消したのだ。

 きっと、フェール達の応援に消えたのだろう。


「頼むよ、魔王様。あとね、その名前を本当に付けたら死にたくなるだろうから、止めてあげて。」


 我が子にかかっている苦難が俺の力が及ばない所になるのならば、俺は祈るしか出来ないだろう。

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