貧乏くじ隊
カイユーは虫退治でも楽しいと感じていた。
モージョバジョボ族の石造りの塔は海上には丸っこい頭を二階分ぐらいを出しているだけだったが、それは海底に到達するまで全部で十五階層もある。
そのフロアも天井が高すぎたり、あるいは平べったいなど、ダグド領のピシッとした建物とは違った異形ともいえる作りである。
階段を降りていくたびに外とは違う重苦しい空気となっていき、明りもランタンか松明に頼るしかない暗闇が増えていき、その上両耳が時々耳鳴りもして周囲の気配を探るどころではない。
しかし、それでも彼が楽しいと感じるのは、その場所が自分を育てたアルバートルが話して聞かせた冒険の舞台に似ているからであろうか。
虫の襲来に脅えて放棄された生活空間だった場所。
いまや混然としただけの無人のフロアは、鍾乳洞の内部のようでもあり、汚れや異物があることで、巨大古代生物の腹の中に迷い込んだようでもある。
「団長も楽しかったのかな。単身でゴブリンが住む穴倉に何度も潜り込んだって自慢していただろ。敵はキモイけど、これは純粋な戦闘だしさ。」
「ばか、カイユー。あの人にそんな情緒が備わっていると思うな。それから、頼むから窓には絶対に弾を打ち込むなよ。」
フェールはカイユーの無邪気さを羨ましいと思いながら、溜息を吐きながらランタンを足元に置いた。
大きな窓は明るくても室内に灯りを導くほどではなく、海の魚達を眺めるだけのものでしかない。
カイユーが楽しいと喜ぶのはわかる。
薄暗い部屋にある大きな窓は、自分こそを眺めろと言う風に太陽の光を受けた水色の中に色とりどりの魚を泳がせているのである。
太陽の光が海の内部を照らせるのは200メートルまでだとダグドからフェールは聞いており、現在の建物が約50メートルか60メートルくらいだとすれば、最下層に着いても仄かな明るさは確保できるだろうと考えた。
しかし、そこで陽が落ちた時の事を考えてぞっとした。
また、窓ガラスが割れた時の事も。
ダグドはこの作戦をアルバートルから聞くや、まず、建物の情報をアルバートルに出させ、それから実戦部隊の彼らに注意を促したのだ。
「最下層で五気圧くらいの水圧が建物にかかっているんだ。内部との気圧差もかなりあるはずだ。建物の破損によってだな、一気に建物内部に水が押し寄せるぞ。絶対に建物に傷をつけるな。」
「あーあ。注意を促した癖に、自分は団長とお昼ご飯かあ。」
「フェールったら、文句ばかり言わないの。シロちゃんだって珍しく残って、……いない。」
「リリアナ姐さんと帰ったよ。シロちゃんがダグド領のお昼ご飯を逃すわけないじゃん。お子様組は全員ダグド領でお昼ご飯会かな。」
「うっそ。じゃあ、俺達の勇姿は誰も見てくれていないの?がっかり。」
「そう。だから頑張りすぎて弾をばらまく必要は無い。一応副団が見守ってくれているんだから大丈夫でしょう。」
カイユーとフェールの耳元でぶつっと機械音が鳴った。
カイユーは耳が痛いのはインカムマイクのせいかと右耳を押さえ、フェールもうんざりした様にしてカイユーと同じ素振りをした。
「すまん。俺も家に帰っている。新婚だ、許せ。」
「大丈夫、あなた方は何でもできるわよ。俺が思わずガトリングの弾をばらまいた方が怖いでしょう。繊細なあなた方で大丈夫、大丈夫。」
二人は薄暗い室内の中で、無表情になった互いの顔を見合わせた。
最初の声は副団だが、次に続いた声はアルバートル隊の古株のティターヌだ。
ティターヌはとても良心的な男であり、そんな彼まで自分達を見捨ててダグド領に戻っていたらしき事を知ったからだ。
「ちくしょう!いつまでたっても酷い大人め!」
「フェール、いつもの事じゃない。」
「お前はいいよ。お前は団長に可愛がられているんだしさ。」
「ほら、俺もいるから頑張ろう。」
突然の低い声にカイユーとフェールはびくっと脅え、今まで一緒にいたとは認識していなかったと低い声の持ち主に振り向いた。
焦げ茶色の艶のある髪に、青みがかった緑色という宝石みたいな瞳をした男は、自分よりも年若い青年達の視線に微笑んで返した。
「エラン、いいのか?シロちゃんのお守りは?」
「そうだよ。お前がいないと泣いちゃわない?」
エランはフフッと笑うと、細身の剣を鞘からすらっと引き出した。
「俺に何かあればシロロ様が戻ってきます。それに、何も考えずに剣を振るえる、これはいい鍛錬になるじゃないですか。」
フェールは真っ直ぐすぎて暗黒面に落ちた事もある仲間を一瞥すると、ダグドから最近教えてもらった初期魔法、明りを作りだせるリュミエールを唱えた。
薄暗いだけの室内に、目には優しい昼光色が広がっていった。




