モージョバジョボ族
「大事な妹の為、いや、俺の大事な親友の心を守るため、俺は貪欲の島に向かったのです。古代竜の卵があれば妹もその赤ん坊も助かると、魔王シロロ様が教えてくださいましたから。ですが、そこに何もなかったとなれば、希望を持った分だけあなたと妹を苦しめる事になる。あなたにこの冒険を内緒にしてしまったのは、俺のそんな葛藤からです。」
輝ける嘘吐きは粛々と自己保身の言葉を連ね、そんな愁傷な言葉を放った口が汚れてしまったという風にワイングラスの中の炭酸水を口に含んだ。
アルバートルは、今まで彼の部下達が俺の為に広げていた昼食を前にして、テーブルを挟んだ俺の向かいに座っているのである。
「ああ、アルコールは入っていないが、冷たい炭酸水はいいですね。」
「冷たいビールも冷蔵庫にあるぞ。」
「あなたは俺を誤解され過ぎだ。これはあなたへ報告を兼ねた昼食会じゃないですか!そんな場面でお酒なんて。」
「そうか?会議室の給湯室にある冷蔵庫だろ?ビールが入っているのは。」
ニコッと彼は俺に誤魔化すようにして大きく微笑んだ。
それからその誤魔化しなのか、最初に寄港したのはあのあたりですよ、という風にホワイトボードを簡単に指を差してみせた。
言葉だけで充分理解していたよ。
形もそのまんまグアム島だもん。
「アウァールス(貪欲の)インスラ(島)にあそこから上陸し、そこから探索隊が最初に目指したのが、海の中から顔を出しているように建造されている不思議な塔でした。」
彼は簡単な説明をすると昼食の皿に手を伸ばし、これこそ自分の仕事だという風にしてさいころ型の肉を掴んで口に放り込んだ。
「うまい。ノーラの肉料理は最高だ。」
「で、何もなかったようにここまでのあらすじを語ってくれたが、君の部隊はその塔で異形との交戦中じゃないのか?大丈夫か?」
アルバートルは俺に、そこまで、という風に手の平を見せた。
お前は敬語を使って俺を敬っているようだが、普通は部下が上司にそんな素振りはしないよと、俺は心の中だけで突っ込んでいた。
心の中だけね。
アルバートルにそんなぞんざいな扱いをされるのは、前世で友人とはしゃいでいた頃に戻ったようで、俺は実は彼の振る舞いが大好きなのだ。
「今は昼食中です。それから何の心配はいりません。バトルフィールドの管理はシロロ様とイヴォアールに任せました。俺達はモージャバジョバジョバ?塔の清掃が終わるまでゆっくりと英気を養っていればいいのです。」
「君は本当に酷いな。」
非難はしたが、俺はこの領地の保安部隊長の言い分を丸ごと飲んだ。
アルバートルが俺に報告だと会議室に戻って来たが、その交代として、アウァールスインスラに転送されたカイユーとフェール、そしてイヴォアールの現状など、美味しい食事を前に俺だって覗き込みたく無いのだ。
「だが、妻と俺の為に頑張っている君だ。昼飯ぐらいは楽しんでくれ。」
「ありがとうございます。」
塔に住んでいた方々、モージョバジョボ族の人達は、ガルバントリウムの支配が先日の魔王様復活のお陰で無くなったからと、塔から這い出て島内部へと足を運び、海からは得られないビタミンやミネラルの採取に勤しんだそうだ。
今までのように採取して持ち帰ったものが果物や木の実ぐらいなら何の問題も起きなかったであろうが、ガルバントリウムの人間達がいないからと彼らは島の奥底にまで潜り込み、そして、そこかしこで素晴らしき卵のいくつかを発見して持ち帰ってしまったのだ。
種族様々な卵。
幾つかは孵り、孵った卵はモージョバジョボ族の人達に脅威を与えた。
「俺達はただ祈り信じるだけだ。モージョバジョボ族の人達が見つけた卵に竜族の卵があることを。」
「ええ、全くです。俺も部下の健闘を信じて祈っております。」
俺達は冷たい炭酸水の入ったワイングラスを持ち上げ、共犯者のような笑みをかわし合った。
そこで、大きな音を立てて会議室のドアが開き、薄茶色の髪をした楚々とした外見の美しい女性が般若の様な顔をして飛び込んで来た。
「巨大虫から自分だけ逃げて来るなんて!この、サイテー男!ダグド様も!」
姑息な俺達に叫んで見せたのは、俺の娘でカイユーの婚約者のノーラだ。
彼女はきっとアルバートルと一緒に戻って来たリリアナから話を聞いて、哀れなカイユーとフェールの身の上について怒り心頭なのだろう。
彼らは、モージョバジョボ族の塔内で繁殖してしまった巨大ゴキブリの駆除に、俺への報告だと逃げ帰って来た団長の代りに勤しんでいるのである。




