文伐の法
恐るべしリリアナは兵法六韜など教えられてもいないのに、文伐の法をウサギ族の長になしていたらしい。
文伐の法、十だ。
敵の大将に仕え、誠意を現わして気に入るように仕向け、彼と生死を共にする者のように思い込ませ、敵の攻略の策を練る。
リリアナは怖いが、彼女がひと肌もふた肌も脱いで、終には黒ビキニのバニーガールになってしまった決意には、彼女が同情してしまう程の事情もあった。
教会に村を襲われて荒野に逃げた延びたピグミードワーフ族は、宇宙人なウサギ族と出会して仲良くなった。不気味なビスクドール外見と、客寄せのやっすい着ぐるみ外見という、どちらも今一つな外見同士で気が合ったのだろうか。
とにかく両種族は仲良く暮らしていたが、ウサギ族は、この世界を侵略する、という使命も抱えていたのである。
ごめん、隠れエンカウント敵キャラという、俺がそんな設定を作っていたばかりにね。
「人間を襲ってこい。」
いくら族長の命令でも、ピグミードワーフと仲良くなり、平和と非武装を学んだ十七名のウサギ族には受けいれることは出来ない。
俺の目の前のボタンで出来た様な虚ろな瞳をした兎はそう語り、彼の膝に乗るピグミードワーフ族の長らしき人は壊れた人形のように頭を上下させた。
俺の背筋が彼等が怖いとぞっと震えた。
「わかった。シロロとエランがリリアナに相談して、リリアナが君達に洗脳された振りしてウサギ族の族長を誑かしたんだね。いいよ。全然怒っていないから、君達もお祭り騒ぎに参加してらっしゃい。俺は君達、総勢六十二名を、ダグド領民、いや、コンスタンティーノ市民として歓迎する。」
俺の差し出した手に生暖かくべとっとしたウサギの手が乗せられ、俺は洗っていない古いぬいぐるみの感触だと思いながら握手をした。
それからピグミードワーフとも握手をしたが、ガラス玉みたいな目をした呪い人形みたいなレメディ様は俺の頬にキスする振りをしながら耳元に囁いた。
「わしらには兵士がおらんからな。助かりますわい。」
呪い人形め!
エランが全てから解放された顔をしているのは、彼の記憶の中のピグミー族の死体が、全て本物のビスクドールだったと教えられたからだろう。
それも呪いをしみこませた土を使って作り上げられた人形だ。
遺骸を粉々にして永遠の命の薬として飲んだ教会の司祭達は、謎の奇病で次々死んだとエランは語った。それ以後にピグミードワーフ狩りが行われなかったのは、この恐るべき策士なレメディ様の手腕によるものなのだろう。
「あなた。この子が生まれたら夏にはこの町で過ごしましょう。」
金色の夏ドレスを着た妻は俺の横で微笑んだ。
俺は彼女の幸せそうな笑顔を見つめているうちに、今回の事で妻をダグド領の外に出られる人生も与えられたのだとようやく気が付いた。
アルバートルが俺にコンスタンティーノを捧げたがっていた理由はこれかと、俺は何て幸せ者なんだと彼女に微笑み返した。
リリアナの策にまんまと乗った振りをして、俺とシロロさえも手玉に取っていた我が保安部隊長。
いや、あいつは俺に文伐の法の十一と十二を成してみたのかな。
俺の大事な部下を篭絡し、俺に間違った情報ばかりを与えて俺を惑わす。
十一で財宝などを与えて篭絡される大事な部下を自分にしている、という所が彼らしいが、俺の子供の大事な伯父になるのだから許すしかない。
「船も造るか。大きな真っ白な帆が開いた帆船だ。」
「え、潜水艦じゃ無いのですか?以前に言っていたじゃないですか。海底を沈んで敵地まで進める船があるって。大砲付でしょう。俺はそれが良いですねえ。」
アルバートルは我が物顔で黒ビキニなリリアナの横に座り、そのすぐ後にアリッサもアルバートルの横に滑り込んできた。
彼はとってもビール臭く、港でウサギ族を倒した後はパーティだと騒ぎ立て、ノーラとイヴォアールに酒席を用意させて本気で飲んだくれて騒いでいただけだったらしい。
確かに、飲んだくれたい場には幼い子供は仲間外れだよな。
そして、目の前で酔っぱらった勢いでリリアナやアリッサを揶揄い笑わせている彼の姿を見ているうちに、俺は大事な親友の彼を労うどころかなんとなく彼が憎たらしくなっていた。
「うちは平和主義だから帆船だ。船には大事な女神の名前を付ける。エレノーラだ。嫌だと言うならエレノーラと交渉してくれ。」
「あなた。気持ちは嬉しいですけど、私の名前の船の船長が兄は嫌ですわ。兄さんはものを蹴ってすぐに壊しますもの。」
「確かにね。じゃあ、自分自身は壊さないだろうから、アルバートルにしようか。」
アルバートルは俺と目を合わせてニヤリと笑い、それは嫌だと口にした。
「どうして?まさに自分の船みたいで嬉しいだろ?」
「俺の名前じゃあ、出港式で酒を浴びたら沈んじゃいますよ!」
「違いない!」
俺はアルバートルのどうしようもなさを思い出して笑い声をあげ、けれども素晴らしき彼を文伐の法で他国に取られないようにせねばならない。
では、これからも彼に散々に貢ぎ続けねばいけないのか。!
暗黒竜が情けねえやと、大声で自分を笑い飛ばすしかないな。
酒に酔って眠るのは初めてだった。
ふと目が覚めると俺の頭はエレノーラの膝にあり、俺の顔はエレノーラの腹に押しつぶされているという状態でもあった。
いや、自分の子供に、か?
「エレ、すまない。重かっただろう?」
「いいえ。なんだか、凄く幸せです。」
「俺もそうなんだ。もう少し、いいかな。」
「あなた。ええ、よろしくてよ。」
「よろしくないです。ダグド様。俺はそろそろ家に帰りたい。」
遊び疲れた顔のアルバートルが俺を覗き込んで来た。
俺は畜生と片手を顔に当てた。
「シロロに頼めよ。」
「僕はお子様ですからって、俺だけ取り残されました。お願いしまっす。」
こいつは大事にしなければいけない部下なのだからと自分に言い聞かせながら、俺は幸せどころか至福でしか無かったエレノーラの膝から頭をあげた。




