十五分後の世界
アルバートルに交信を切られた後、俺はシロロに助けを求めた。
「シロロ。状況を知りたい。見せてくれるか?」
ぐす。
俺は真後ろで起こった鼻を啜り上げる音に振り向くと、シロロが涙目で俺の後ろに立っていたのである。
「どうしたの?」
俺は慌てて椅子から立ち上がりシロロを抱き上げたが、シロロは俺の肩に顔を埋めて、仲間はずれ、と呟いた。
「仲間はずれ?」
「カイユーとフェールが、このままだとお友達でいられなくなるから帰れって。でも、この後に僕が二人を嫌っても仕方が無いけど、俺達は僕が友達だって気持ちはずっと持っているって。それで、エランも、エランも、僕にお父様の所に帰れって。お父様には僕が必要だからって。」
俺はシロロの告白を聞くうちに、身の内がさあっと冷たくなっていった。
夏服は要りません。
切られた交信。
アルバートルは俺の為に泥を被るつもりなのだ。
助けられなかった娘。
リリアナを殺してしまうかもしれない覚悟なのか?
俺はシロロをさらに抱き締めると、彼の真っ白で柔らかい髪に頬ずりをした。
「ダグド様?」
「俺は君にお願いをしていいかな?」
「な、なんでしょう。」
「いいかな。俺はね、この地を離れるとダグド領が壊滅してしまう呪いをかけてあるんだ。俺の血肉がダグド領を生かすための発電機に使われているからね、それを制御できないとそれが爆発してしまう。」
「はい。それは知っています。」
「では話が早い。俺が領地だと思う所は全て俺が動けるんだ。君は本当はあのコンスタンティーノを君の領地にしてしまっているのでしょう。俺に捧げてくれないか?一緒にリリアナを助けに行こう。」
シロロは俺の肩から顔を上げ、はい、と言ってにっこりと笑った。
その一瞬で俺の視界は開けた。
アルバートルが俺にコンスタンティーノを捧げた時のように、青い海と俺が作り上げた街並みのイメージが、俺をぐるりと取り囲んだ。
しかし俺が行きたい場所は市の中心地ではない。
シロロを抱いた俺はコンスタンティーノの門の前に立っていた。
俺の背中はコンスタンティーノの市街と港を分かつ大きな扉があり、俺の目の前には小さいが使い勝手の良さそうな港だ。
俺の身体は海風を受けていた。
独特の潮の香と髪や肌に纏わる付く塩気のある風。
「ああ、シロロ。素晴らしいよ。」
彼を下ろして、だが、手はしっかりと繋ぎ合って、籐の椅子に座るリリアナへと俺達は歩を進めた。
ウサギのカチューシャをしている美しきリリアナの横には、着ぐるみにしかみえないウサギ族が二名立っている。
「嬉しいわ、ダグド様。わたくしの為にここまで来てくださったのね。」
「ああ。大事な娘と大事な息子達を戦わせるわけにはいかないだろ。お遊びならいいが、鉛玉や金属の剣を兄弟喧嘩に使わせたくない。」
「でも、少し遅かったわ。」
「遅かったのかな?俺は早すぎたと思ったけどね。アルバートルはまだ門を開けていないんだろ?」
リリアナはおかしそうにフフフっと笑った。
「まあ、周囲を見てもそう思うの?」
リリアナの言葉に俺はハッとした。
遠視で感覚的に全てを把握しているのではなく、実際に移動してきた俺は自分の目の視界だけの世界の認識しかしていなかったのである。
慌てて周囲を見回せば、感覚的に安全と知っていた通りに、リリアナの横の二匹以外のウサギ族は打ち倒されて点々と転がっているという風景だった。
「そうだ。あいつらがいない!あいつらはどうなった!遅すぎたのか!」
「そうです!遅すぎです!」
リリアナの右に立っていたウサギが聞き覚えのあるがくぐもった声を出し、ウサギの頭をぽんと取り除いた。
太陽の輝きを持ったひまわりのような金髪が中から零れ、熱かったのか顔を汗まみれにして真っ赤に染めた美女の頭がそこにあった。
「ああああ、暑くて死にそうだった。」
左側のウサギも頭を取り、そちらからは黒髪で頬骨が高いという戦士のような美女が顔を出した。
「もう、エレ姐。私は二度とこんな遊びは嫌ですよ。」
シェーラはそう言うや、本当に着ぐるみの中は辛かったのか、体を覆う着ぐるみそのものを脱ぎだした。俺は目を逸らすべきだろうが、細い体でも筋肉がついて格好の良い肉体に真っ赤なビキニは似合い過ぎている。
「あなた。どうせ私は脱いでも着ぐるみ状態よ。」
真っ白なビキニは似合っているが、確かにおっきなお腹で着ぐるみ状態だなと彼女に同意するわけも行かないので、俺は子供のように見える笑顔を自分なりに作って最愛の妻に尋ねていた。
「……なんの、遊び?」




