娘からの果し状?歩み寄り?
俺はぐいっとアルバートルに肩を引かれた。
「あいつは何か企んでいる。」
「俺もそんな気しかしないが、せっかくの歩み寄りだ。受けてくれ、アルバートル。」
「は、いいですよ。俺が全部被りましょう。そういやあの女は水鉄砲遊びが大好きでしたねぇ。」
アルバートルはそう言い放つと、作り笑顔を顔に貼り付けたまま席を立ち、戸口で彼を待っていたアリッサとノーラと一緒に会議室を出て行ってしまった。
俺は独りになるとコンスタンティーノを見通したが、見通す事で俺の意識がコンスタンティーノから外れるようになっていた仕掛が施されていたことを知っただけではなく、いまや頭の中の靄が無くなり、そこを再び見通す事が出来るようになっていることにも気が付いた。
町の四方には俺の領土であることを示すダグドの旗がはためいている。
町の中心ではなく港となるところ、最初にこの町に上陸した時にアルバートル達が乗っていたキュグヌス号が係留されている所にリリアナはいた。
大昔の助平映画の女優が座っていたような籐で出来たピーコックチェアに座り、海をバックに町の方角を向いているという姿だった。
彼女の隣には彼女の召使のようになっている白い人獣が二人いた。
狼族も犬族も格好がいいのに、どうしてウサギ族だけは失敗した着ぐるみを着た人にしか見えないのだろうか。
さて、女王様のような扮装したリリアナ、黒ビキニで大きな胸を飾り真っ黒なパレオを色っぽく巻きスカート風にした彼女は、豹系の毛皮のような模様のローブを羽織ったなまめかしいどころじゃない姿をしていた。
そんな彼女は俺の視線を感じたのか、挑戦的な笑顔を作ってニヤリとした。
「ごめん、リリアナ。それから、歩み寄ってくれてありがとう。」
「いいのよ。ダグド様が大変だったことはわかっております。わかっておりますが、私の不在にダグド様が気が付いてくれなかった事が無性に悲しいのです。」
「うん、そうだよね。どうして君がダグド領にいない事に気が付かなかったんだろう。自分でも信じられないよ。」
「あ、ごめんなしゃい。」
俺達の交信に割り込んで来たのはシロロだった。
声だけでなく、彼は自分の映像も俺達の頭の中に送っている。
魔王に完全羽化したからか、さらにあざとい可愛らしさを増した彼は、てへっという風に自分の頭をごつんと殴った。
てへ、だけど、変なたんこぶが頭から膨らんでるじゃねぇか。
怖いからそれを止めろ。
「シロちゃん。お怪我が可哀想で見ていられないわ。」
リリアナの的確なセリフで、シロロのたんこぶはしゅっと消えてくれた。
「ありがとう。リリアナ。で、シロロ。どうして君のせいなのかな?」
「ええと、お昼ご飯には僕はダグド領にエランと戻っていたから。」
「そうか、君の魔法干渉か。」
「うん。見た事や僕に関する事を忘れるって魔法も掛けました!ダグド様がカイユーに掛けた魔法の改造版です!これはカイユーみたいに記憶喪失になるという副作用もなく、魔法も簡単に解ける仕様にしてあります。」
俺は完全無欠な魔王様に完敗どころか踏みつぶされた気持ちとなっていた。
「そうかあ。」
「あら、それじゃあ、気が付きませんわね。」
俺とリリアナはハハハと笑いあってはいたが、俺はやっぱりリリアナに頭を下げていた。
「ごめんなさい。」
「よろしくてよ。準備に一か月かけたお遊びと思う事にいたしますわ。わたくしが取り残されたのは、私がこの町の町長だからだと思い込むことにしましょう。」
「ああ、そうだね。君が俺達が途中で放り投げていた町を建て直してくれていたのだから、君が町長でいいかもね。」
「うふ。それが許せない人もいると思いますけど。」
「アルバートルか?」
「ええ。いいとこどりしたい我儘な男。でも、わたくしはそんな甘い女じゃないの。私こそ町長だと彼に思い知らせてさしあげますことよ。」
リリアナの狙いはアルバートルの打破なのだろうか。
本気で町長の席を自分のものにするため?それとも本当は恋心、か?
「彼は戦争の神様みたいな男だよ。」
「武力だけで人は勝てません事よ。」
「ああ、そうだね。」
兵法六韜では、武力を使わずに敵に勝つ方法は十二個あると太公望が周の文王に指南する。
一つ、敵の大将の愛好する性癖をさらに募らせるべき。
二つ、敵の大将の重臣に近づき、これを取り込むべき。
三つ、敵の大将の側近への賄賂。
四つ、敵の大将の淫らな楽しみを助け増長させるべき。
今のところこの四つまでは確実にリリアナが達成していると言っても良い。
頑張れよ、アルバートル。
十二個ある内容は全て、敵の大将の人徳を剥ぎ取り、敵の大将の味方を取り込み、そして、敵の大将を孤立化させて無力化させてしまおうというものなのだ。




