死者は永遠に歩き続けるもの
「弾切れだ!使えねぇ!」
苛立ちまぎれに投擲されたショットガンは、肉団子で作られた巨大ナメクジの頭頂部にぶつけられた。
「弾のない銃なんぞ石ころの役にも立たねぇな!」
弾切れって、お前はダグド領の弾薬庫を空にしたのか?
弾切れだと騒ぐアルバートルに、もうちょっと考えて弾をばらまけと俺は怒鳴りそうになった。
弾薬はタダじゃねぇ。
「団長!俺は!俺は役に立ちましたよね!」
小石という名前の下っ端がうるさく騒いだ。
涙目となっているカイユーは可愛らしく、君は役に立っていると頭を撫でて慰めてやりたいとちらっと考えた。
「次から次へと死体ばかりだ!神の家が死体倉庫になっていやがる。それで、ついにあれですよ!死体が集まってあんな肉団子になっちまった。」
赤黒い肉片で組成されたナメクジはナメクジであるはずのない大量の人間の目玉を頭部に浮き上がらせており、生贄となったであろう沢山の人々の手足を体中から生やしていた。
死んでもなお、救済か失われた命を求めるがごとく蠢く手足だ。
「このなめくじの中にナメクジ野郎が逃げ込んでいるのですよ!」
俺は彼らが無計画に暴れていたと思っていたが、実はイグナンテスを追い詰めていたアルバートル隊を素直に凄いと見直していた。
しかし、追い詰めたこれでは、彼らの気持ち的に辛いだろう。
この死体の山は、アルバートル達の知人であり友人であり、もしくは一緒に前線で戦った事もある戦友であるのかもしれないのだ。
「俺はナメクジが大嫌いなんだよ!」
「そっちかよ!」
「ああもう!奴が俺に黒蠅で死の呪いをかけた時に気が付いていれば突入なんかしなかったのに!あいつは虫野郎だった。ここは虫野郎のせいで俺の大嫌いな虫だらけだ。グロブス召喚!」
完全に切れているアルバートルはレールキャノンを召喚した。
俺はそのオーバーキルな武器を武器庫に戻した。
「ダグド様!」
「そいつは外壁までも突き抜ける。外壁が破られればイグナンテスはそこから外に逃げるだろう。」
「ですがね、何もしなければ、あなたの俺達があの肉塊に取り込まれますよ。」
アルバートルは俺に皮肉そうに言い返し、イヴォアールがアルバートルの言葉の後を続けた。
「団長の言う通りです。軟体だから剣は効きません。銃弾は全て奴の肉体に取り込まれてしまうだけです。」
「バルマン達を救う時に戦ったあの巨大移動要塞の即席版なんだろ。」
「ええ、そうです!ダグド様!あいつにも魔法も効きません。」
攻撃魔法を持っているフェールが口を挟んで断言したが、君の攻撃魔法は雑魚敵にも効くか分からない程度の微妙なものじゃないの。
俺達が言いあっている間に、ナメクジはアルバートル達を取り込もうとゆっくりと動き迫っていた。
グネグネ、グネグネ。
そのナメクジそっくりそのままの動きに、俺はイグナンテスの隠し部屋のイメージが蘇った。
図書館のような部屋。
沢山の標本が並べられていた部屋。
「ハハハ。イグナンテスが残虐で今一つなのは、イマジネーション能力が低いからだな。自分の頭にある知識に拘り、そこから発展させることが出来ない。」
「ダグド様?」
「アルバートル。シロロは強いだろう。とっても強いだろう。あいつのモノづくりはとっても面白いだろう。」
「ダグド様?」
「あいつは毒のないヒクイアリだって作り出せる。ヒクイアリに毒が無ければヒクイアリにならないと考えないからな。」
「ダグド様?何を?」
「グロブス召喚だ。もう一度ショットガンを呼び戻せ!岩塩だ!ナメクジには塩だろうが!ありったけの岩塩をぶち込んでやれ!」
果たして、死体団子のナメクジは、塩という攻撃によってイグナンテスのナメクジであらねばならないというイメージを破壊した。
塩にも強いナメクジというイメージを作るには、これまで作り上げて来た自分のナメクジのイメージをまず消去しなければいけないのだ。
彼は死体を繋ぎとめていた自分のイメージを失い、ナメクジを形作っていた死体は蠢く死体のままだが、彼を守る盾の部品ではなくなった。
ナメクジの中から姿を現したのは、脅えているだけの老年に差し掛かった単なる人間。
想像力が無いばかりに他者の痛みなど無頓着で、違うな、他者が苦しむ様こそに自分の万能感を知れると喜ぶ馬鹿だ。
溢れんばかりの欲望の実現に歯止めが効かなくなった、恥ずべき男だ。
ダン。
イグナンテスは額に大穴を開けた。
後頭部は弾けて砕けた。
イグナンテスだったものは、蠢く人肉の海に沈んだ。
アルバートルの右手に握られているのは、銀色に輝くデザートイーグル。
中世のような魔法世界で普段使いが自動拳銃という所も嫌な話だが、彼の使用銃は黒のベレッタだったはずだ。
「そんな銃も隠し持っていたか。この世界で最高の威力の弾を撃ちだせるそいつを拝めるとはね。経験値で銃の精度と練度を上げていける設定は困りものだね。君みたいな危険な男を作り出してしまう。」
「俺達はこれしか出来ませんからね。ここで蠢く元仲間達のように、生きて動く限り誰かの命を奪って歩き続けるだけの、浅ましいものなんですよ。」
「そうかな。大将はこう言っているが、イヴォアール、秘蹟も行える君だ、彼等に祝福を。神を捨てていない君ならばこの憐れな人々に祝福を与えられるだろ。」
「祝福、ですか?」
「ああ。死んだと理解させて命を絶ってやれ。人は生きていると信じる限り生きているんだよ。君達が自分達を浅ましいって思い込んでいるみたいにね。」




