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シロロという魔王

 シロロが探していたのは百室の中に隠された一室。


 アルバートルが呪い殺された時、イグナンテスを呪った俺が入り込んだあの図書館のような隠し部屋だったに違いない。

 あそこにこそイグナンテスの秘密が埋もれているに違いないのだ。


 しかし、今の彼はひゅるひゅると全く違う所へと落ちていっている。


 シロロの足首を掴んでいた男は、シロロをグイと引っ張り上げて抱き締め、そして、彼と同じように、いや、彼を守って自分こそ頭を暗闇の底に打ち付けようとしていた。

 そんなことは俺がさせない。

 敵地のど真ん中、それも、この世界では中ボスでしかない俺に出来る事は殆どないが、ささやかな風を巻きあげて彼らのクッションを作るぐらいは出来た。


「ダグド様、感謝します。」


「いいや。俺こそだよ。俺の子供を守ってくれてありがとう。」


「――俺はあなたの子供では無いのですね。」


 ああ!エランまでそんな冗談を言い出すとは!


「大丈夫か、シロロ。お前のお兄ちゃんにお礼を言っておけ。子供になった順番的にはお前の方がお兄さんだけどな。」


 エランの腕の中のシロロの頭の大きさはいつものものだが、彼の頭の形は未だにベヒーモスともいえる異形のものだった。

 彼はエランに礼を言うどころか、エランからそっと離れた。

 離れるとしゃがみ込み、幼い子供のようにして両手を目元に水平に当てた。

 シロロはいつものように誰かに抱きつくのではなく、しくしくというふうに一人ぼっちのままで泣き出したのである。


 迷子で一人ぼっちの子供のように。


「これが僕。きっと僕。仲間みたいな魔力に触れたらこんなになった。これこそが僕の本当の顔なんだ。僕はもう可愛らしくもない。」


 彼が頭を壁や扉にぶつけていたのは、認められないその姿を壊したかったからこそなのか。


「シロロ。戻っておいで。お前がその姿のままでも俺のいとし子だ。」


「僕はきっとお父様も不幸にする。」


「シロロ。」


 俺は説得を諦めた。

 諦めて、シロロを無理矢理に連れ戻そうと考え、シロロの体に意識という縄を絡ませていこうとした。


「外見は変わっても、あなたは美しいですよ。」


「エラン。僕は。」


「人の美しさは外見にはありません。外見などいくらでも変えられ、いくらでも人の望む姿を与えられるものです。」


 エランはシロロの手をそっと引き寄せ、彼の両手でシロロの両手を包んだ。


「あなたは純粋だ。誰よりも純粋無垢で美しい。」


「エラン?」


「あなたは俺の父と俺自身を救ってくれました。あなたがいたからこそ、俺は神の御名を捨てることにならなかった。あなたは悪そのものかもしれませんが、あなたは誰かを守ろうと頑張ります。高潔であるあなたこそ王の中の王。それが魔王であっても、いや、魔王だからこそ魔王として私利私欲なく公正に世界の粛正をするべきなのです。純粋無垢な者を助け、腐敗した者達を審判の炎で焼き尽くすべきなのです。あなたは泣くのではなく、あなたの名を騙る汚れ物を処断するべきなのです。」


 シロロはエランの言葉によって泣き止んだ。


 俺だって、途中からお前は何を言い出すのかと脳みその動きが止まったのだ。


 シロロを連れ戻すために駆けていた意識の縄が、ああ、せっかくの拘束魔法だってエランの狂信者めいた言葉で途切れてしまったじゃないか。

 俺は純粋すぎて人間的に失敗した司祭を止めるべきではないのか。

 だが、シロロはエランの言葉を素直に受け取ったようだった。

 疲れ切って倦んだ大人の笑い声をあげてもいたが。


「ふふふ。僕は、悪。悪であるべきもの。」


「はい。あなたは、悪。純粋なる魔王。この世を制定するべき魔王。俺はあなたにどこまでもついていきます。」


「僕は、王。この世を統べる魔王である。」


「その通りです。」


 真っ暗だった穴倉で、銀色のまばゆい光が輝いた。


 小さな魔王は小さな可愛らしいだけの存在にも戻っていたが、彼の背中からは真っ黒な翼が生えていた。

 真っ黒な翼はばさっと一度羽ばたくと、翼は裂けてそれぞれが三枚の翼へ、つまり三対の六翼へと変化した。変化した翼はどんどんと大きく広がっていき、翼の色は広がるにつれて黒い色を失って白銀色へと変化していく。


 今やシロロは白銀色の六枚の翼を大きく羽ばたかせおり、全てを銀色にして光り輝いているのだ。


 輝ける彼の周囲は、彼の銀色のまばゆい光によって明るく照らされ、彼等の周囲に彼らの命を取ろうとにじり寄っていた異形の者達の姿をも露わにした。

 何度も目にしてきた、教会の司祭を名乗る術師によって歪められ合成された、この世の姿ではない哀れな生き物たち。


 しかし、シロロの銀色の輝きは太陽の光のように暗闇しかない者達に光を与え、彼等は叫び声をあげることも無く、体から炎を吹き出しては、また一人、また一人と、次々と炎の柱に変わっていくではないか。

 これこそ、闇に墜とされた異形の者達への救済、か。


「ああ、僕は魔王だ。結局はこうやって皆の命を奪う。」


「ええ、魔王様です。闇に沈められた人々を救済に導く美しき魔王様です。人はキチンと死ねるからこそ幸福なのです。」


 シロロはこの上なく美しいほほ笑みを浮かべた。


「シロロ様。世界を救済しましょう。神は何度も人々へ試練という天災を――。」

「すとーっぷ。お前らはろくでもない赤ちゃんな息子と、時々間抜けにもなる大きな息子だ。魔王様と魔王を唆す司祭様ごっこはお終い!強制送還だ!とっとと家に帰ってこい!」


 俺の怒声によるものか、銀色の光も彼の天使めいた翼もしゅーと貧乏くさく消え去り、その代わりにエランとシロロは不貞腐れた表情を作った。

 それだけじゃない。

 二人は仲良く手を繋いで、俺に強制送還されまいと逃げ出したのだ。


「おい!シロロ!」


「まだ冒険します!」


「俺も!目的を果たしていませんから!」


 魔王なシロロは魔法干渉で俺の干渉を撥ね退けた。


「待て!シロロ!お前は帰ってこい!」


 魔王とその追従者。


 中ボスでしかない俺がラスボスの彼を呼び戻す事など不可能なのだが、俺はようやく魔王側近設定の一人を思い出してしまったのである。


 暗黒枢機卿。


 真っ黒な司祭服を纏った元聖教者は、教会の腐敗を招き人を混乱に貶め、世界を魔王が降臨するのにふさわしい環境に整えた立役者である。

 親友がデザインした闇の枢機卿はイケメンだった。

 ああ、仮面をつけていて顔半分しか出ていないデザインだったが、エランみたいに物凄いイケメンだったよ。


「シロロちゃん!エラン君も!ちょっと待ってよ!」

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