世界情勢を変える小さな種②
「いや、でもさ、いざという時の防衛のために、彼らは日夜訓練しているのでしょう。城壁を上ったり、剣の素振りをしたり。」
「そんなもの、防衛だって私達が出来るから不要です。私達が欲しいのは農作業の出来る男、それだけです。あんな大酒飲みで大飯喰らいはいりません。」
真っ青な宝石のような目を煌かせて俺を睨みつけるエレノーラは、この間のシロロがしていたような腰に両手を当てているスタイルを取っていた。
彼女達はシロロを呼び出して可愛がりながら観察しては、彼のあざとい可愛らしさをマネしようとしているようなのである。
だが、俺に言わせてもらえれば、日本の女子高生の格好をモデルのような西洋美女がやっても嵌らないという事実のように、シロロの可愛らしさはシロロのものだけであり、エレノーラや乙女達には似合わないものなのだ。
絶対に怖くて言えないが。
「アルバートルは君の実のお兄さんでしょう。死んだと思っていた妹の復讐に剣の腕しか磨いていなかったんだからさ、君が少しずつここでの生活を教えてあげるっていうのはどうかな。」
エレノーラはシロロの素振りではなく、いつもの自分自身の素振り、つまり豪快で男勝りな素振りをした。
ドッカンと両手を机に叩きつけたのだ。
執務机に乗っていた本や書類や小物類はぽんと持ち上がり、彼女は気付いていなかったが、俺も一瞬だけ恐怖によって椅子から数ミリだけ尻を浮かしていた。
「ダグド様の戯れを本気にしている男達を、妹達から距離を取らせようと頑張っている私には、頭領である兄にこそ出て行って欲しいと願っているのですよ。」
机に両手を打ち付けたまま上半身を俺に向かって乗り出して、エレノーラは俺を睨みつけた。
俺を睨むエレノーラの着る服は、いつもの砂色の元俺のツナギではなく、和解の品として俺が彼女に納めた服である。
俺はエレノーラの希望を完全に叶えてやらなかった。
エレノーラにはシロロ風の服を作ってはやらなかったのである。
着物のようにカシュクール風に打ち合わせるという、彼女の瞳の色と同じ青い布で俺は彼女にラップドレスを作ってやったのだ。
意図したわけでも無く、男の俺が女性服を考案できるわけもないが、実は女性が着ていてキレイに見えると好きだった服をエレノーラが着たらと思い浮かべてしまっただけである。
実際にそのワンピースを着たエレノーラは華奢に見え、たくましい青年風ではなくなっている。
ワンピースを渡した時のエレノーラの顔や喜び方など、生贄で捨てられて途方に暮れている十三歳の頃の彼女に俺が食べ物を与えた時を思い出すくらいに、健気で可愛いものだったと思い返した。
「ねぇ、聞いています?」
カシュクールの胸元で、健康的な肌色をした艶やかな果実がブルんと揺れた。
俺が別の事を考えてたのは、身を乗り出したエレノーラのたわわな実りから目を逸らしたかっただけである。
畜生、この世界にはブラジャーが無いのに、とんだ厭らしい服を作ってしまった。
だが、エレノーラがその服を着た姿を見た乙女達が、全員注文をシロロ服からエレノーラ服に変えてきて、俺の世界からたくましい青年達が姿を消した。
俺好みのきれいなお姉さんが増えてしまった今、その服を着るなと命令など出来はしない。
また、彼女達は同じように欲しがる領民に同じデザインで服を仕立ててやり、さらには今度市に行く時の商品の一つにするとまで言っているのだ。
「あぁ、そうだ。市だ、市。今度トレンバーチに行く時に、あいつらを護衛に付かせればいいよ。いつもは出来る限りギリギリの商品だったけどね、あいつらがいれば安全だろ、今回は大量に売って、小麦や砂糖に塩を沢山買って来れるじゃないか。」