月の砂漠の下で
夜の砂漠にあるのは砂と月と星空だけ。
青年は横になりながらテントから覗ける夜空を眺めながら溜息を吐いた。
相棒と二人、とりあえず団長の物申した場所に辿り着くだけのクエストだったはずが、彼等が乗っていた車は何もない所で何かに突きあげられるやぐしゃりと潰れて走行不能に陥ったのだ。
ぞっとしたのはその後だ。
彼らの車の周囲を三角の黒い棘のようなもの、三歳児ぐらいの大きさのものだが、それがすいっと突き出て車の形をなぞったのだ。
彼らは動きどころか呼吸も止めて初めて見た生物の突起が砂に潜るまで見届け、そして、それが消えるや車の上部に簡易テントをそのまま張って内に籠って救助を待つという状態なのである。
彼の相棒は安全地帯らしきものが出来るやさっさと横になった。
彼よりも一つ年上の相棒の寝顔を見つめながら、彼は彼よりも年若く十代半ばに見える外見の癖にと、やはり自分以上に度胸があるのだと少々悔しくも感じた。
黒い髪に黒い瞳を持つ相棒は彫りが浅いから童顔でもあるが、しかし、ダグドが少年の姿を取った時の顔形にも似ている所が少し羨ましくもあるのだ。
それは、そんな少年のような姿にダグドが化けた時に、可愛いと、自分の恋人がダグドに惚れ直してしまった事があり、その過去の出来事を実は彼は意外と気にしているのでもある。
だが、青年は自分では気づいていないが、長身でも細い肢体で華奢に見える事から、彼こそ十代にしか見えないのである。
また、金色にも輝く薄い茶色の髪と透明感があるのにミルクティーを想像してしまう瞳の色、そこに赤ん坊のような白い肌という組み合わせによるものか、誰しも幼い少年の面影を彼の外見の中に見てしまうのだ。
そんな彼が、相棒の寝顔が可愛らしくて羨ましいと悪態をついた。
「こんな危険な場所でも寝られるって、子供かよ。」
寝ていたと思っていた青年が片目だけ開けて彼を見つめると、クスリと笑って再び瞼を閉じた。
「カイユーさんが見張っているなら俺は安心ですからね。だからさあ、何もなければ二時間後に起こしてね。」
「え、俺が見張り?え?二時間って、うそ!一時間にしようよ!ねえ、フェール!俺も寝たいよ!」
カイユーはフェールをゆさゆさと揺すったが、寝ると決めた相棒が狸寝入りだからこそ起きるはずは無く、こうしてカイユーは一人眠いと思いながら見張りという役目を担っているとそういうわけだ。
「横になったまま音を立てずに見張りって、眠い。俺は本当に堕落したな。昔だったらもう少ししゃんとしていられた。」
カイユーはフェールの吐息が本気で寝ている音だと忌々しく思うと、再び眺めていた夜空に気持ちを集中させた。
砂漠を照らす満月と星々が、ダグド領で空を見上げた時よりもクリアに沢山瞬いて見えるのだ。
「ダグド領はどこもかしこも電気で明るいから。だから、きっと、ガルバントリウムも通商も蛾のようにして纏わりつくんだ。」
ダグド領を侵攻しようとする勢力に対して憤懣どころか潰してやりたいと考えてもいるが、その勢力が消えた平和な世界で自分は生きていけるのかと彼は考え始めていた。
「俺は戦うしか出来ないからなあ。」
カイユーは自分の呟きの後に、自分が聞きたいと望んでいた音が砂をかき混ぜる乾いた風の音の中に混ざっていたかもと気が付き、殆ど反射的に大きく身を起こした。
「うっそ、来た?もう!団長は遅いよ。」
隣で毛布にくるまって寝ていたフェールがカイユーの動きに目を覚ましてぼやきもしたが、フェールは毛布から出るつもりも身を起こすつもりも無いようだ。
カイユーは飛行機の立てる音を捉えようと耳を澄ませたが、飛行機が彼等に向かうどころか過ぎ去っていくだけだと思い知らされた。
「ええ、どうして!」
カイユーはテントから飛び出て足を一歩砂漠の砂にめり込ませ、だが、後ろから大きく引っ張られる力によってテントの中に引き戻された。
カイユーが足を入れた砂場からは大きなはさみがジャキンと空を切り、もう半秒遅ければカイユーは足を確実に失っていた事だろう。
「ありがとう。フェール。」
「いいよ。横になっている方が振動を感じられるからね。全部で三体。恐らく団長が目的地についた頃に俺達はダグド様かシロロ様によって移動させてもらえるんだと思う。」
「ハハハ、それじゃあ、団長が俺達に声をかけることも無く行っちゃうのは当たり前か。さて、三体だね。待っている間は暇だから三体をやっちゃおう。サンドサーペント。倒せたらかなりの経験値だ。」
「ちょっと、カイユーさんってば!大人しく救助を待とう……、いややるか。」
「うん!やろう!」
フェールは剣士らしく日本刀のような形の長剣をスラっと抜いた。
「やばくなったら俺達を見ているダグド様が強制送還させてくれるからね!」
俺はフェールの言葉を盗み聞きながら、このまま彼らを戦わせようか連れ戻そうと悩んでしまった。
その一瞬がいけなかったのか、良かったのか、彼等が乗っていたホバークラフトの残骸は魔獣の下からの攻撃を受けて宙に持ち上げられた。
天高く飛ばされた青年達は一緒に飛ばされた荷物から自走型グライダーをなんとか引き寄せて装着すると、地面すれすれのところで翼を開いた。
俺は彼らに突風魔法を浴びせて再び空へと放り投げ、彼等は死ぬ一歩手前だったにもかかわらず楽しそうな高笑いを上げた。
空を舞う青年達に喰いつこうと砂から飛び出てきた虫は三体。
尻尾にはさみがあり、背骨にそって黒い棘が並んでいるという姿の、身の丈五十メートルはありそうな化け物ムカデだ。
真っ黒な竜騎士の制服を着た彼らは脅えるどころか嬌声をあげ、今や真っ黒な翼を広げて告知天使ならぬ死を告げる天使として空を舞っている。
「ちょっと遊びます!」
「危なくなったらお願いします!あ、飛んでいられる風ももっと作って!」
辺りにはカイユーの銃撃の連射音とフェールがムカデを剣で叩くようにして切る音が響き始めた。
畜生、団長が団長なら隊員も隊員だ。




