避難準備と避難先
見張り台の会議室、照明も消してあり、場に灯りを提供しているのはモニターと呼ばれる三枚の大小のシルクスクリーンだ。
それらがアルバートルの見通す映像をそこに投影させている。
会議室の大きな楕円型のテーブルを挟んで左右の中心にそれぞれ座る俺とアルバートルは、そのスクリーンをじっと眺めながら話し合いを続けていた。
笑えるのが、急に呼びかけられてベッドから飛び出すことになった俺と違い、俺を呼び出した男は着替えなどの準備が出来るのにかかわらず、俺と似たようなベッドから出たばかりという格好である事だ。
「ダグド様?何か?」
「いや。続けて。」
「まず、周辺国、言ってしまえばダグド領の友好国が最初に略奪の目に遭います。彼等が追い立てられダグド領に逃げ込めば食料の問題もあり、ダグド領は内から崩壊します。籠城など出来ません。ですから、最初に壊すのです。ここに逃げ込むことはできないと周囲に知らしめ、また、ダグド領に崩壊の兆しがあるのならと、ここに一番乗りした者がここを我が物に出来ると思い込む。今は協調を持って進んでいますが、それぞれは違う地域の異国同士の寄り集まりです。」
「敵が大軍だからこそ統制が一番大事だ。君はそこを崩して自滅させようという作戦か。結局君はこの五つの大きな軍勢と剣を交える気持ちなんだね。」
「ええ、馬鹿な奴らは身をもって罰を受けるべきです。ただし、俺達は行動するには数が少ない。守りとして弾幕を張るにも敵に切り込むにしても弱すぎだと思いませんか?」
俺は前世の時代に見ていた現代の武器を持って過去に戻る映画を思い浮かべ、どんなに火力の差があっても最後には人海戦術という人の海で溺れるだけだったではないかと溜息をついた。
俺が溜息だけなのは、俺が新しい武器を手渡さなくとも、目の前の俺の親友でありこの領土の保安部隊長は、必ず戦地に向かってしまうと俺はわかっているからだ。
彼の中にはガルバントリウムに対する私怨が大きすぎる。
恐らく彼こそ神を信じて神の存在を願うからこそ、聖イグナンテス率いる教会の堕落が許せないのであろう。
元司祭見習い出の銃騎士のエランや彼の副官の剣騎士が未だに秘蹟を使えるのは、彼等が本当の意味での神の存在への信仰を捨てて無いからだ。
彼等は俺に忠誠を誓ってはいるが、彼等こそ神への純粋なる信仰心を捨ててはいない狂信者であるともいえるのだ。
「どんなものが欲しい?それを聞いてからだよ。」
「ハハハ、どんなものでも作って貰える、最高ですね。明日の夕方までにはリストを作っておきますので、ダグド様はベッドにお帰りを。これ以上ベッドを空にさせておくと明日の俺が妹に殺される。」
「君は。そしてここまで考えているって事は、ダグドを壊す一撃の時に領民を避難させる場所も確保してあるのだろうね。」
「ここの地下に素晴らしい避難所があるでは無いですか。爆発かそんなものを立てて頂きますが、ダグド領への攻撃はそれだけです。あなたにはデコイとなる新たなダグド領を、ええ、このあたりぐらいに作って欲しい。」
アルバートルはなんてことないしぐさで再び地図に指を指し示した。
彼は新設ダグド領を作り上げ、ダグドを包囲しようとする軍隊をそこに誘い出しての共食いか、向かう最中の各個撃破を企んでいたのである。
そして、アルバートルが俺に見せる最高の笑顔と、彼の口にした言葉が脳みそに染み渡ったそこで、俺は両手で自分の顔を覆ってテーブルに突っ伏した。
「嫌だああ。面倒くさい!遠いから街づくりなんか無理かもしれない、ってか遠いよ!大体建設材料とかどうするの!」
ダグド領の隣には砂漠が広がっている地域がある。
友好国のコポポル国はこの砂漠地帯と西の森という魔の森の接する地点、静岡県と長野県の県境ぐらいで展開している国であるが、つまり、砂漠は日本地図の長野県と富山県を塗りつぶすように続いているのだ。
アルバートルは砂漠の真ん中の長野市の辺りにデコイの街を作れと、飴玉を頂戴という感覚で明日は雨を降らせてください、というようなお願いを言い放っているのである。
ここは魔法世界かもしれないが、地に足をつけて考えてくれよ!




