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ベイビーはベイビー

 アルバートルのベイビーは、エンプーサ羽化事件のちょうど十日後に息を引き取った。


 完全に動きを止めたというべきか。


 彼女はシロロと一緒に寝起きをして、シロロと常に手を繋いで領内を歩き回り、シロロと一緒にゲームをして、そして、ご飯の時間になるとシロロと一緒に中学生体操をしてみんなを笑わせた。


 早朝に俺を起こしてベイビーが死んだと俺に伝えに来たシロロは、彼女の亡骸の前で言葉を失った俺に対して彼女の死は寿命なのだと静かに言った。


「エンプーサは羽化したら七日だけの命なの。でも、ベイビーは十日も生き延びたの。毎日ご飯が沢山食べられて幸せだったからかな?」


 涙腺が崩壊したのは俺の方だった。

 魔族の初めてのお友達が出来た彼の喪失感を考えると、俺は彼が哀れでたまらなくなり、エンプーサの亡骸には簡単な葬式もして見送ることにしたのである。


 だが、シロロは泣きもしないどころか疲れた様にしてエンプーサが焼却炉に入れられる姿を眺めており、俺は彼の絶望の姿に耐えられないと彼を抱き上げて抱き締めていた。

 シロロは魔王だからか雌雄が無く、彼こそ繁殖できない生き物なのだ。

 きっと自分に似ている存在として、彼はベイビーを愛したのだろう。


「うーん。燃やさないで標本の方が良かったかな。」


「はい?」


 俺はぎゅうと抱きしめていたシロロを少し自分から離すようにして抱き直し、俺の聞き間違いにしたい言葉を発した魔王様をまじまじと眺めた。


「し、シロロ様?」


「だって、ダグド様が子供の頃に珍しい虫を見つけたり、大事なカブトムシが死んだりしたら標本にしたって言っていたじゃないですか。あのベイビーはエンプーサとして面白い姿でしたもの。残すのも良かったかな。」


 …………!


「シロロちゃん?ええと、君はベイビーといつも一緒だったからね、彼女とのお別れが辛いから標本にしたいって、ええと、そう言っているんだよね。」


 俺はシロロから「別に。」という言葉が聞こえた気がした。


「しろろ?」


「だって、僕のそばから離したらみんなを襲いに行くじゃない。あの子を連れて歩くと僕は色々な人から、いい子だねって褒めても貰いました。みんなエンプーサの危険性を知っていて、でも、アルバートルの気持ちを考えて殺せないからどうしようって思っていたのですよね。」


 俺の後ろで、はうっと息をのむ音がした。

 アルバートルだ。

 一応娘の葬式だからと彼も焼却炉前に呼んでいたのだ。


 無理矢理に寝起きの彼を移動させたので彼はぐしゃっとした浴衣姿であるが、俺もシロロもパジャマにガウン姿なので構わないだろう。

 そして、俺達から背中を向けた彼が口元を押さえて肩を振るわせているのは、絶対に彼が嗚咽を押さえているからではないはずだ。

 勘違いしていたらしき優しい魔王様の自分への献身を知って、ろくでなしの彼は笑いを堪えているに違いないのだ。


「アルバートル、君は。」


 くるっと振り向いた彼は本当にいい笑顔をしていた。


「ダグド様、俺にシロロ様を抱かせてくれませんか?俺はね、子供嫌いで子供を抱きたいなんて自分から思った事はありませんでしたが、こんな良い子、他にいませんよ。いいですか?俺はシロロ様を抱き締めたい。」


 ところがシロロは俺にがばっと抱きつき直した。


「アルバートルは、いやー、です。」


「どうして?ハハ、彼はダグド領一の人気者のお兄さんじゃないか。」


「だって今のアルバートルにはエンプーサの卵が沢山ついているのだもの。」


「え?」


「ちょっと、シロロ様、俺に卵が付いているのですか?え?今もですか?ええ?どうして?」


 アルバートルは慌てた様にして自分の身体や頭をぱたぱたと振り払い始め、俺は彼のその素振りの中できらりと光る何かを見つけた様な気がした。


「何だこれ、動かないで。」


 ひょいと手を伸ばして掴むと、それはピンク色の小さな水晶石だった。

 ピアスの飾りぐらいの小さなものだ。

 石には小さな穴も開いていて、ドレスか何かに縫い付けてあった飾りだったとしか思えないもので、どうしてこんなものがと俺は首を傾げるしかない。


 アルバートルは海辺ではしゃぐゴールデンレトリーバーのように、シャワーや風呂は大好きな男なのだ。

 はしゃぎすぎて公衆浴場の壁を壊したこともあるが。


「風呂が大好きなだけで洗うのが下手なのかな。こんなのついているって事は。君はちゃんと隅々まで体を洗っているの?お風呂場は遊ぶ場所じゃないんだよ。」


「し、失敬な!ちゃんと洗ってますよ!で、何ですか、それはって、ああ、この間のパナシーアの服についていた奴じゃないか!うわ、まだついているのか!」


 彼は髪の毛が抜けるぐらいにわしゃわしゃと両手で梳き始めたが、俺は彼の動作と洗っても取れ無かった卵で、シラミという寄生虫が頭に浮かんでいた。


「ねえ、シロロ。どうしたらいいと思う?」


「うーん。目の細かい櫛で毎日梳かせばいいのかも。あるいは、頭から塩をかぶるとか。ほら、塩は魔を祓うって言うでしょう。」


 魔王様が塩で魔除けが出来ると語るのはシュールだなと思いながら、白い粉を被ったアルバートルを想像した。

 社会科の資料集に載っていたDDTでシラミ退治する人々という題の写真が思い出されて、俺は哀れなアルバートルに笑いが漏れていた。


「そうか。やっぱ、シラミみたいなものか。」


「やめてください!ああ、最悪だ!もう、最悪だ!」




アルバートルは俺に頭を下げに来た。

いつもの輝きも無く疲れ切った彼は、俺に坊主にしてくれと頼んで来たのだ。

エンプーサの卵は処分できたようだが、自分の頭から次から次へと気味の悪い虫が這い出て来た事には虫嫌いのアルバートルにはトラウマもので、頭が今も気持ち悪くて仕方が無いとのことだ。


「坊主って、つるつるにするのか?」


 アルバートルは口元を押さえ、やっぱり哲学的な何かを思い悩んでいるような考え深げな表情を俺に見せつけた後、やっぱり俺が蹴り倒したくなる程度の言葉を喋った。


「あなたから見て俺が格好良いままを保てる長さでお願いします。」


「……俺から見て?」


「はい。あなたが俺に見惚れてくれるかどうかで、俺の貰いが変わってくるので。」


「バカ野郎が。適当に座れ。トラ刈りにしてやる。」


「どうぞ、お好きなように。カイユーも俺と同じ髪型にしたいと騒ぐでしょうから、ノーラに嫌われたくない程度に、どうぞ。」


「こんちくしょうが!」

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