放たれた肉食生物
俺の足元に崩れ落ちたリリアナは、まだ絶命してはいなかった。
フシュウウと空気が漏れる音を体中から発しながら、手足をバタバタと蠢かしているのである。
「うそ、リリアナ。ああ、リリアナは食べられちゃった?」
「食べられてはいません。情けなくも隠れていましたが。」
ざわっと温室内の木々が揺れると、木の幹に佇んでいたリリアナがリリアナの輪郭を取り戻していった。
木の幹そのものにカモフラージュしていた肌色はリリアナ本来のなまめかしいオークル色に染まり直し、そこで現れた竜族そのもののトカゲのような顔は色を取り戻すに従ってリリアナの美しい顔に変わった。
「きみ、はだかで。ふ、服は、ああ、どうしよう。」
全裸の美の女神そのものの彼女に慌てた俺は彼女にローブを脱いで手渡そうとしたが、彼女は木にかけていたらしい茶色のドレスを引っ張り降ろすとそのままそれに袖を通した。
「君は何をしていたの?」
「隠れて様子を伺っていましたの。ヤクルスの六匹がおかしな変化をしましたから、彼等が何をしたいのか最初は観察だったのですが。出るに出られなくなってしまって。ダグド様はヤクルスの変化に気が付いたからいらしたのですね。あれがエンプーサだったなんて、あら、納得だわ。」
「子供達は大丈夫なんだろうね。」
「もちろんですわ。そのために私はこうやって隠れていましたもの。なにかあったら戦えますように。」
「どうして俺に助けを求めなかったの?」
「一匹が私に化けて私のもの真似をし出したら、それに連携するようにヤクルス姿のヤクルスで無くなったものが子供達に紛れてしまいましたから、子供達から目を離せなくなってしまいまして。こういう場合、パニックが一番怖いでしょう。ああ、今日が色水鉄砲大会の日で良かったわ。彼が大会に紛れてエンプーサ達を処分して下さるのね。」
「まあね。でも、エンプーサも色水鉄砲の日だから子供達を餌に襲おうと思って羽化したのかもよ。エンプーサは肉食らしいから。」
「ええ、その通りですわね。でも、良かったわ。今回のヤクルスから生まれたエンプーサには繁殖の力が無いでしょうから。」
「繁殖力が無い?」
「ええ。エンプーサは寄生する事で他の種族の特性を吸収して進化する生物ですのよ。木から生まれるデミヒューマンの卵からなんて、繁殖力の獲得など出来ませんでしょう。」
「あああ、そういうことか。アルバートルのヤクルスは小さな女の子の姿なんだよ。子供の方がご飯が食べれるからってシロロは言っていたがね、そういう事なのか。」
俺は少々ホッとしていた。
ネオテニーでは無くて、寄生虫が宿主を間違ってしまって成虫になれない現象の方だったのかと、エンプーサのあのベイビーが繁殖する事は無いという事実に俺は胸を撫で下ろしていたのである。
ただし、純粋な食欲しか無いのだとしたらと、そこで俺は迎賓館に残してきたシロロとノーラに意識が向いたのである。
ノーラが一人でエンプーサに対峙していたら!
ノーラに変化したのはノーラを食べて成り代わろうとする練習だったとしたら、と、俺はリリアナの姿に変化してしまったエンプーサの亡骸を前に気が遠くなりそうな恐怖まで感じていた。
あのエンプーサはリリアナそっくりの表情どころか、しっかりとリリアナ風にしゃべってはいたではないか、と。
「シロロ!ああ、シロロ!」
「あ、聞いてました。大丈夫です。ベイビーはゲームが上手いです。」
シロロはとっくに城に帰っており、エンプーサと一緒に自室でゲームをしているのだそうだ。
あのエンプーサはアルバートルに何を仕込まれていたんだ!




