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エンプーサ

「ねえ、シロロ、このエンプーサはどうしようか?あと、綿あめは時間が経つと固くなってしまうから、食べたい時にだけ作る方が良いよ。」

 シロロは俺の言葉の後半部分だけ受け取った。

 つまり、エンプーサの処遇については何も語らないが、綿あめ製造は素直に中止して、綿あめ製造機の片付けに入ったのだ。


 彼はリリアナのお陰で、お片づけ、という素晴らしいスキルを手に入れている。

 ゲーム画面で魔王様をプレイする人がいれば、戦う、絶対防御、死体錬成、そして、お片づけを選択できることだろう。


 まあ、俺が冗談で終わらせたいのは仕方がないだろう。

 俺が新たに手に入れる事になった、いや、完全に押し付けられた生き物であるエンプーサは、俺が育てる羽目になっているクラーケンの血を引くキメラ族の子供達よりも意思の疎通が出来そうも無いのである。


 いや、あの全く意思の疎通ができないと思っていたにろにろ姉妹であっても、俺は最近はそれなりに彼女達の行動も読めるようになっているのだから、もしかしてこのエンプーサもそのうちにわかるようになるのだろうか。

 俺は溜息をつくと意志の疎通の出来ないエンプーサを腕に抱き、とりあえずエレノーラにお伺いを立てることに決めた。


「シロロ、さあ、帰ろう。」


 シロロを連れて迎賓館の玄関へと向かったところで、俺は男所帯の迎賓館にいてはいけないはずの未婚の若い女性と行き会った。


「君はここに頻繁に来ているの?」


「あら、だって、アルバートルが困った事になったって聞いたから。」

「ああ、助けに。」


「いいえ、笑ってやりに。あら、まあ、シロちゃん。大きな荷物を背負ってどうしたの?その綿はって、あら、綿あめ製造機で遊んだの?」


 俺の隣を歩いているシロロは大昔の行商人のように風呂敷で巻いた綿あめ製造機を背中に背負っており、両手には彼が作成した綿あめを巻き付けた棒を幾本も携えているという姿であった。


「あ、ノーラ姉さま。はい、綿あめ一つどうぞ。凄いでしょう。アルバートルが僕に玩具をくれたの。」


「まあ、ありがとう。この間使い方を知りたいって尋ねて来たけれど、そう、彼はあなたにその機械をプレゼントするつもりだったのね。」


「いやいや。最初から本人が遊び倒すつもりでしょう。これはね、シロロが彼を助けたお礼で、彼が泣く泣く手放したってだけだよ。」


「まあ、ダグド様ったら。でも貰えて良かったわね。ふふ、それにそんなに上手に綿飴が作れちゃうのなら、シロちゃんは今度のお祭りで綿あめ屋さんを開けるわね。頼んだわよ!」



 ダグド領ではひと月に一回は祭りを設定してあり、冬の祭りは俺の誕生日である十二月二十六日に設定されており、これは盛大に祝ってもらった。

 だが、一月はニューイヤー月という事もあり、今のアルバートル隊を見ていればわかるように、祭りなど設定できない位に領民全部が勝手に毎日祝いあってだらけているので、敢えて祭りなどは無い。

 ノーラが口にした今度の祭りは、前世の記憶が抜けない俺によって設定された節分の日であり、この祭りを最後にみんなで正月気分から抜け出そう、という気持ちを込める日とも言える。


 それから一番大事な事だが、この世界は新年の一月に全員が一歳年を取るという考えであるので、二月のこの日に全員の誕生日も祝おうという祭りでもある。


 なぜ一月に誕生日を祝わないのか。


 基本、ダグド領は老人ばかりなので、毎月の催し物は家に閉じこもっている領民を取りあえず家から出したり家々を回って彼等の暮らしぶりを確認するという作業も兼ねている。

 また、残念なことに誕生日を迎えると気が抜けるのか、そのままぽっくりと逝く人も多いので、二月までは頑張ってよ、という俺の気持ちもある。


 一月から領民を火葬したくは無いではないか。

 燃やす担当は俺だ。


「いいねえ。お祭り用にカラフルな綿飴が作れるように、もっとどぎつい色の飴玉を作ってあげようか?」

「わーい。」


 シロロは子供らしく喜びの声を上げて、ノーラに頭をなでなでと撫でられて可愛がられているが、俺はノーラが完全にエンプーサに言及してこないことに嫌な気持ちが湧いて出ていた。


「ねえ、君。俺の抱っこしている子供に一切言及しないのはなんで?」

「え、それは生きている子供なんですか?私はてっきり人形かと。」


 俺は腕に抱く少女を見下ろして、確かに瞬きどころか息もしていない様子のエンプーサが人形にしか見えないと気味が悪くなっていた。

 そこで慌てた様にして彼女を床に下ろして立たせてしまった。


「ええと、アルバートルのヤクルスだった子だよ。」


「あら。私の子もそんな風になるの?シロちゃんは今よりももっとトカゲっぽい姿に育つって言っていたわよね。それから空を飛んでいくって。」


「はい。でもこれはヤクルスじゃ無いの。ヤクルスの中にいたエンプーサなの。どうして子供の姿で羽化したのか僕はわからないけど。」


「え、ちょっとシロロ様。この子供の姿も違うの?エンプーサは子供の姿で出てこないの?」


「はい。大人の姿で出てきますよ。それですぐに人間の男の人を獲物にして、次から次へとデミヒューマンの卵に卵を植え付けて増えていくの。」


「うわ~。」


 俺は聞けば聞くほど嫌な種だなとエンプーサを見下ろしたが、ノーラはエンプーサを怖がるどころかしゃがみ込んで顔を覗き込んでいた。

 ノーラの背中にはヤクルス一号が貼り付き、ヤクルス二号がヤクルス一号に貼り付いているという、オンブバッタのような状態だった。


「結局二匹も君が請け負っているんだ。」


「ええ。フェールが嫌だって騒いじゃって煩いのだもの。私はフェールには恩があるし仕方が無いわ。で、この子は芸をするの?」


「え、芸って?」


「私のヤクルスは聞き訳は良くて可愛いのだけど、アルバートルのベイビーみたいに芸はしないのよね。」


「……どんな芸をするの?」


 しゃがみこんだままでノーラは軽快に手拍子を打ち始めた。

 アルバートルが時々カイユーやフェールを踊らせて喜んでいる時の掛け声も一緒にかけて、だ。


「みっぎあっしあげて、右足下ろして、ひだりあっしあげて左足下ろして。ハイその場で行進。いっちにぃいっちにぃ。はい、その場でジャンプ。両腕あげて、両腕下ろして、はい、なおれ!」


 俺はぎゅうっと目を瞑って、猿サイズのヤクルスがアルバートルの掛け声に合わせて必死に動き回る姿は確かに可愛いと考えてしまった。

 でも、これって違う意味の可愛がりじゃね?

 カイユーとフェールがへばるまで延々と続けるじゃ無いの、君は、と。


「まあ、踊ってる。この子は最初からアルバートルのベイビーだったのね。ねえ、ダグド様、なにか食べ物は無いかしら?アルバートルはベイビーを踊らせては干し肉をあげて喜んでいたの。こんなに踊っているのだもの。ご褒美にお肉をあげないと。」


 俺はノーラの言葉にエンプーサを見返して、彼女がノーラのさっきの掛け声通りに、動いてはまた動く、という動作を繰り返し続けている事を知り、その健気な姿に涙が出そうになっていた。


 これは「かわいそうなゾウ」だ!


 俺は可哀想なエンプーサを抱き上げると、迎賓館の台所に駆け込んでいた。

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