そんな共感提案に俺は叫喚
俺が納得できなくとも関所の鬼は俺を許してはくれず、そして間の悪い所にアリッサが部屋から出てきてしまっていたのだ。
目元が真っ赤な彼女が部屋から出てきたのは、純粋に水分補給に台所に向かうつもりだったのだろう。
館の台所は城の台所でもあり、俺がエレノーラに連れ込まれて叱られているエレノーラの差配人室はその通り道にある。
「ちょっと!アルバートルやフェールに相談したって本当ですの!私はもう生きていけない!恥ずかしくって外に出れないわ!」
アリッサは叫ぶや再び部屋に駆け戻っていき、エレノーラはその後を追いかけようと走りだそうとしたが、それを俺は許さずに追いかけさせなかった。
エレノーラを後ろから抱き締めて引き留めたのだ。
「ちょっと、ダグド様!」
「だめ!君は走っちゃだめ。赤ちゃんがいるんでしょう!君がなんかなったら俺が死ぬ。俺がアリッサを追いかける!」
俺の腕の中でもがいていた妻は一瞬で大人しくなり、それどころか俺の頬に軽くキスまでしてきた。
「え?」
「ええ、ええ!行ってらして。私達の娘に優しくね。」
「あ、ああ。」
ついさっきまで俺の障壁を気取っていた彼女が急に俺の許しの天使に戻った事に小首が傾がるばかりだが、とりあえず俺はアリッサが大事と彼女の部屋に向かって駆け出していた。
俺が駆け込んだ時、アリッサの部屋には禍々しい緑色にわさわさと包まれた蜂蜜色の魔女がいた。
俺が情けない声で悲鳴を上げたのは言うまでもない。
ああ、良かった、情けない悲鳴で。
情けなさすぎて、階下のエレノーラには聞こえなかった事だろう。
聞こえていたら、エレノーラが走って俺の元に駆け付ける。
また、俺の到来に驚いた顔をしているが、俺に対して「情けねぇなあ。」という顔をアリッサがしていない所を見るや、彼女にも聞こえていなかったようだ。
ああ、俺の沽券は保たれた。
「あら、ダグド様。すごくいい声で叫ばれましたね。うふふ。男の人でもそんな情けない声が出せるなんて、ああ、おかしい。」
「え、ダグド様は叫んでいた?」
「うふふ。ひええええええええ。って蚊の鳴く様な声で叫んでらしたわよ。」
アリッサは俺の方をチラリと見て、うえっという風に顔を歪めた。
俺は地獄耳を持った意地悪女が目の前にいたと舌打ちをしていた。
「もう!リリアナこそ驚かせないでよ。何それ。どうして体中にヤクルスがくっついているの?」
俺は怒った風な口調となっていたが、全く意に介さないのがリリアナだ。
「あら。こういう生き物なのだもの。仕方が無いわ。ほんっと煩い位に甘えん坊で、始終誰かにくっついていないと落ち着かないみたい。でも、これも一か月ぐらいの我慢よね。頑張らなきゃ。」
「そ、それがアルバートルにもついているの?」
アリッサは怖々、という声でリリアナに尋ねていた。
「ええ。あなたも欲しくなった?私に嫌がらせを受けたってことで彼と仲良くなれるアイテムだものね。はい、あげる。お礼はいいわよ。」
リリアナはべりっと一匹を無造作に自分から剥がすと、それをアリッサの頭にぺたりと貼り付けた。
子ザルぐらいの質量感のあるものが頭に乗せ上げられ、モデル体型の長身の女性であるはずのアリッサが座ったままでもぐらりとよろけた。
「え?」
「あなたは蛙が大好きでしょう。大丈夫。離乳は済んだから、食べ物だったら何でも大丈夫なはず。優しくしてあげてね。」
「え?」
「あら、もう一匹いる?」
アリッサは当たり前だが首を横に振っていた。
それどころか、リリアナに最初の一匹を返す事も忘れているばかりか、これ以上リリアナにヤクルスを貼り付けられないようにという無意識な防御なのか、すでに貼り付いているヤクルスごと自分の頭に押さえる形で自分の頭を両手で押さえつけていた。
「気に入って貰えてよかったわ。じゃあね。私は農場に戻らなきゃあ。」
リリアナはアリッサにヤクルスを押し付けるためだけに来ていたらしい。
彼女は用が済んだと言うように鼻歌を歌いながらアリッサの部屋を出て来て俺の目の前を横切ったが、俺が思わず彼女を思いっきり避けてしまう程に、彼女は女性らしいラインなど一つも見えないぐらいにヤクルスが貼り付いてわさわさという怪人か怪獣のような怖い姿である。
人型になっているヤクルス団子状態で、そこかしこの隙間から蜂蜜色の髪の束が出ている事でリリアナだと分かる姿でしかないのだ。
俺は最近までシロロが意味わかんないと怖い時もあったが、リリアナこそ本気で意味が解らないと部屋の戸口で脅えているしかなかった。
あれが竜族であるリリアナの本来の姿なのか、それとも、アルバートルに嫌われて壊れてしまったという事なのか。
俺はエレノーラに本気で相談しなければいけないかもしれない。




