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リリアナ先生2

 リリアナ様は彼女の根城と化してしまった第二野菜工場にいた。


 シグルドの魂が消えたコーヒーの木は、彼女のお陰で苗木を増やす事が出来ており、三年しないで俺はコーヒーが確実に飲めるだろうと期待している。

 また、俺の為に作ってくれたトマト大農園の区画の管理も彼女がしているわけで、俺は実は彼女を注意どころか足を向けて寝られない立場ではないだろうか。


 さて、蜂蜜色に輝く未来を読める女神は、未来が読めるからか俺の突然の出現に対して驚きもせずに片眉をあげて見せただけだった。

 彼女が教壇に立つ時にはヘレン・ケラーを教育したサリバン先生を彷彿とさせる姿、つまりロングスカートのスーツにきっちりと結った髪形という十九世紀ぐらいの地味な淑女スタイルをするのであるが、今の彼女はまさにその格好で、そういえば学校の時間でもあったと俺は気が付いて訝しく感じた。


「君にちょっと話があってね。」

「まあうれしいわ。でも、後になさってくださいな。子供達のお絵描きの時間ですもの。」


 俺は子供達も農場にいたという事に驚いて見まわし、そして、そこかしこでひょろひょろとした不思議な蔓が伸びており、その蔓に対して必死に手をかざしている子供達の姿が目に入った。


「お絵描き?」

「ええ。空想の実現化。子供にしか出来ない万物の創造よ。」


 俺はもう一度子供達を見返して、彼らの芸術家のような必死な表情に粘土遊びと同じようなものだと無理矢理自分に納得させた。

 蔦の茎に目玉がごっそりついていたり、蔦の天辺に歯を噛み鳴らすバラの花がついていたりなど、そう、子供であったら想像するものだと自分に言い聞かせて、俺は子供達の作品に突っ込まない事に決めたのだ。


「うん。子供らしくていいねぇ。」

「ふふ。ダグド様ったら、よ、わ、む、し。」


「煩い!もう!君は時々本気で意地悪になるね。

 でも、こういう自由でもいいのかなって俺は思うよ。

 子供達が大人の顔色を見て創造性に蓋をしたら、本当は踏み出せる思考の先に踏み出せなくなる気もするからね。


 ただし、残虐性が他人に向かわなければ、の話だね。


 色んな悪さを想像してもね、それが頭の中だけだったら構わない。

 でもね、がちがち歯を噛み鳴らす花に誰かの手を突っ込んでみたい、とか、蛇のようにうねうねする蔓で誰かを縛ってやりたいって行動しちゃうのは駄目だ。」


「ふふ。ダグド様って本当に破壊竜なのかしら。……いいえ、破壊神ね。私達のしがらみを壊して自由にしてくれるのだもの。だから、私もこの子達にもそれを願うの。人間の子もデーモン族の子も、外見は違っても同じ服を着れば同じカテゴリーになれるし、同じ事を学んで同じ苦労をすれば、仲間になれる気がするのよ。」


「ああ、君は。」

 幼い頃の彼女は竜族として人間の殺戮の対象となって逃げ続けていたのだと、俺はそんな悲しい過去を持つ女性の肩を抱いた。


「ぴゅいぴゅい。」

 聞きなれた声に俺は嫌な気持ちで頭上を仰ぎ見れば、温室のドーム天井にはアルバートルにくっついていたものと同じものが二十四匹くっついていた。


「えーと、全部が孵化しちゃったんだ。」

「ええ。わたくしは二十四匹の蛇族のママですわ。」


「そうか。でもさ、ヤクルスの卵があるならね、俺にも相談が欲しかったよ。」


「何度も申し上げますけれど、本当に知らなかったの。わたくしは、ええ、完全なる竜族と呼べるものは祖母と母と私だけでしたでしょう。だから、竜族の卵を見たことが一度も無かったの。木から卵が産まれるとは祖母に聞いてはいましたから、情けない事に私は本気で思い違いをしてしまっていましたのよ。」


「ああ、君を疑って悪かった。」


「謝る必要は無くってよ。わたくしが馬鹿だっただけですもの。だって、卵は生きているのに新たな竜族が生まれる未来が一つも見えなかったのよ。違うかもと疑うべきでしょう。でも、疑う事こそ考えもしなかった。木から生まれた卵が目の前にあるのですもの。孵るはずのない卵でも、竜族の卵という存在が目の前にあるって思える現実がとても嬉しかったの。ふふ、信じて貰えないでしょうけれど。」


「いいや。信じるよ。」


「ふふ。ありがとうございます。でも、ああ!竜族で良かったと生まれて初めて思いました。蛇族よりも竜族の方がずっと上位ですもの。私を怒らせると怖いって、ちゃあんとあの子達は理解してくれています。」


 天井では人というよりも人形のような顔をしたトカゲたちが、俺達を見つめ返してはコショコショと互いに内緒話をしているように蠢いていた。

 遠目で小さく見えるがアルバートルの背にいたものと同じぐらいの大きさに育っており、あれらが人を襲うのであればとても脅威になるだろう大きさだ。

 実際には鳥と同じで体重は殆ど無いのだろうが、被膜のある長い腕を持つその体は日本猿の子猿ぐらいのサイズとなっているのである。


「あれには狂暴性は無いのか?」

「そのための教育はしています。」

「そうか、それなら。」


「ええ。ご安心なさって。私は意地悪で怖いお母さんだもの。誰かを傷つけたりすればどうなるのか、しっかりと想像できる出来る様には仕込みます。」


 仕込まなくとも君が怖いのは理解しているよ、と、俺は怖いお姉さんの肩をポンポンと撫でて宥めるしか出来なかった。


 同じ事を経験して同じ思いをすればって、君はアルバートルにした事を反省するために凄い事をしたねって、彼女の行動を健気だと思うよりも俺は怖いと思っただけだったし。


 リリアナ、君は反省しなくていいよ。

 だからさ、これ以上余計な生き物を増やさないでくれ、それだけだ。

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