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魔王さまはそこにいるのに

 朝の八時になるや、俺とアルバートルは仲良く同時に口元に両手を当てた。


「シロロー!」


「シロロ様ー!」


 判ってもいた事だが、朝食の時間という事もあってシロロは来なかった。

 オムスパという、ナポリタンスパゲッティを卵で包んだという重いものを朝から彼は食べているのだ。


 こんなものが作れるようになるとは、トマトが手に入ったばっかりに!


 畜生!俺はオムライスこそ食べたい!


 俺はアルバートルを掴むと、そのまま城の広間に飛んだ。

 最初からそうすれば良かったと思いながら彼を広間に連れ込んだのだが、俺はもう一度、いや、今すぐに迎賓館に戻りたくなった。


 エレノーラの待ってましたのばかりの笑顔に俺は脅え切ったのだ。


「最近朝帰りが多すぎませんこと?ああ、そうだ。兄さんは昨夜リリアナとよろしくやったそうですわね。夕暮れ時に仲良く腕を組んで第二野菜工場に入っていったと、わたくしに領民からご注進がありましたのよ。」


「ダグド様。リターン。リターンです。」


「オッケーです。アルバートル、俺に手を。」


「ええ、俺の手を握って下さい。ダグド様。」


 エレノーラの笑顔でない笑顔に脅える俺達は手を繋ぎ合った。


「あなた!どこ行く気です!グリ!ウィン!」


「ダグドダグドダグドダグドダグダグダグド。」


 俺達は観念して目を瞑った。

 俺とアルバートルはにろにろ姉妹の触手に拘束されてしまったのだ。


「さあ、せっかくの朝ご飯ですもの。お二人ともお座りなさいな。」


 この先の結婚生活を考えればと俺は親友の手を振りほどき、代わりに自分とアルバートルを拘束するグリフィスとアーウィンの触手を引っ張って自分に引き寄せられてきた彼女達を抱き上げた。

 それから家族の団らんテーブルにつくべくすごすごと向かった。

 エレノーラの隣でなく、オムスパに夢中のシロロの隣に逃げてしまったが。


「兄さんも早くお座りなさいな。」


 アルバートルも諦めたのだろう。

 彼も大きく溜息をつくと、普段は俺が座るエレノーラの隣に座り込んだ。

 城の広間というだけあってここは広く、しかし見張り台のように寒く無いのは、壁にはタペストリーが、石造りの床には獣の毛皮風のボアや色とりどりの絨毯が幾重にも重ねられて敷かれているからであろう。

 また、偽物でもあるが暖炉風の赤外線ストーブは空気を温め、天井に設置されているエアコンからは温風もガンガン入っている。


 そして、そんな重厚でありながら現代設備の整っている大きなスペースのど真ん中には、どんと千年杉をそのまま縦に割ったような大きくて長いテーブルが存在しているのである。


 普通よりも大きめのダイニングテーブルにセットされているのは、長身の男性が転がることもできる長さのベンチである。

 普段はその広いテーブルを間にして、俺とエレノーラは隣同士に座り、向かい合わせには子供達というほのぼの風景であるのだが、今日の俺はエレノーラに叱られる覚悟が出来ても逃げれそうな彼女の向かいであり、アルバートルは妹を宥めるためどころか、俺が逃げ出したために彼女の隣という逃げれない罰ゲームスペースだ。


「で、朝帰りの理由のフェール君はもう大丈夫なの?」


 俺は優しいエレノーラに微笑んでいた。


「ああ。あの子は疲れと熱でぐったりしていてね、可哀想で。うん、ぐっすり休んだのだし、今日はもう大丈夫だと思うよ。」


「そう。私はあなたから連絡もないからずっと待って寝られなかったのにね。ああ、今日は寝不足でお腹が張って辛いわ。」


「――ごめんなさい。そんな君に働かせてばっかりで。ああ、そうだ。今すぐにベットに行こうか。後の子供達の世話は全部俺が引き受ける。さあ。」


 俺はエレノーラを抱き上げて部屋に連れて行くために立ち上がったが、俺に部屋に連れ込まれてなあなあにされたくない彼女は、右手をひらっとさせて俺が椅子に座り直すようにとの意思を示した。


 俺は素直に座り直した。


 弱っと、妻の兄が俺を小声で罵ったが、小声な点で君も一緒だ!


「あなた、いいのよ。朝ご飯はノーラが作ってくれたから少しは眠れたの。」


「す、すいません。」


 俺は改めてテーブルの上の朝食膳を見回して、悪阻が残っているエレノーラは果物とサラダ類だけであるが、にろにろ姉妹のそれぞれの皿には表面を焼いただけの生肉がドンと置かれ、勿論彼女達は嬉しそうにして小さな手で掴んで貪り付き始めてもいる。

 そして、俺用の皿らしきものには、シロロがトライしているだろうオムスパがカモンと俺を呼んで俺をげっそりさせることに成功していた。


「あの子は……。これはお昼に回していいかな。」


「ふふ。朝から重すぎるけど、シロロちゃんもグリとウィンも大喜びだから良いのよ。逆に、この子達にはこういう食事の方が良いのだと勉強になったわ。」


「でも僕はエレママのポーチドエッグトーストも大好きです!沢山シロップが選べるホットケーキも!」


「まあ、シロロちゃんたら。」


 シロロは皿から顔を上げ、髭のように口元をケチャップだらけにしていたが、ここには幸せしかないという顔をしている。

 俺はテーブルの上の紙ナプキンを取ると、彼の口元を拭ってあげた。


「良かったな。ノーラ姉さんもエレノーラママもお前に優しくて。」


「はい。ノーラ姉さまもエレママも僕が何もしなくても僕を良い子良い子してくれるから好きです。でね、ダグド様も僕が頑張らなくっても良い子良い子してくれるってノーラ姉さまは言うの。」


 俺の代りに俺の向かいの男が大きな舌打ちをした。

 昨日からいくら呼びかけても彼が俺の所に現れなかった理由を理解したと、俺はシロロの頭を撫でながら吹き出していた。

 昨日の城では物凄い勢いで俺に抱きついて来たことも含めると、きっと、彼は呼ばれても行くものかと俺達に呼ばれる度に物凄く葛藤していたことだろう。


「そうか、だから昨日から君は呼んでも来なかったんだ。」


「はい!それに、リリアナ先生の温室にいる蛇族のヤクルスが孵化していたら怖いもの。彼等は習性で獲物を見たら飛び掛かるだけなのですが、くっついたらなかなか離れない面倒な生き物なの。だから面倒だなって、僕はヤクルスが嫌いなの。」


 俺は向かいに座る男に脛をしたたかに蹴られてしまった。

 彼女に騙されて揶揄われたのは君じゃ無いの。


 アルバートルは不貞腐れた顔のまま着物をはだけて朝食の席の面々に彼の秘密をさらけ出し、不機嫌だったエレノーラは文字通り腹を抱えて笑い出し、シロロはナポリタンスパゲッティを吹き出して咽た。

 俺がこんな和気藹々のテーブルを囲めるのは、この魔王様が俺の元にやってきてくれたおかげだと、咽るシロロの背中を軽く叩いてやった。


 広間の隅ではシロロが俺の世界に飛び込んでくることになったポータルが、いつものようにぶら下げた洗濯物をひらひらとさせている。


 俺の服、シロロの服、エレノーラの服、にろにろ達のちっちゃな服、そのうちに俺とエレノーラの赤ん坊のもっと小さな服がそこに揺れるのだろう。


 あのポータルは俺に幸せを運んできたのだから、うん、あのままでいいか。





「で、あのポータルどうしますか?」


「ここで聞くか!」


「いや、俺は一応はこの領地の保安担当のお兄さんですからね。」


俺はアルバートルから視線を外し、ナポリタンスパゲティに夢中の子供を横目で見ながら囁いた。


「シロロ。ポータル機能は無効にできるか?」


シロロは顔を上げた。


「乾燥機能も消えますがいいですか?」


「まあ、洗濯物が乾かなくなるの?それは困るわ!」


俺は愛妻の言葉も聞いたからと保安部隊の隊長に向き直り、そういう事だから、と言った。

アルバートルは最高の笑顔を見せながら、俺の脛をしたたかに蹴り込んだ。

いてぇ!

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