竜族の卵
フェールが死にかけたその日、俺はフェールの見守りで迎賓館で夜を明かしたのだが、なかなか帰宅しないフェールの上司について腹を立ててもいた。
娘と考えてもいるが成人した女性と、自分の責任が取れる親友がどこぞに消えてしまっただけであり、そのことに対して俺が憤ることは言いがかりでしかないだろう。
俺がアルバートルに半年以内に結婚しろと言い出した上に、娘達にアルバートルとの結婚を煽ったりもしたのだ。
俺が考える以上に娘達には良い獲物だったらしき彼は、俺の娘達に追いかけまわされる毎日となり、彼女達を諦めさせるためなのか俺への嫌がらせであるのか、彼は日々ろくでなしと化している。
この事態に一番反省するべきは俺自身であるのだが、理性じゃないどこかで、娘が心配だったり、娘で楽しい事をしやがって的な怒りだったり、が、グルグルしているという、俺こそろくでなしになっていたのである。
そんな俺だ。
アルバートルの帰宅の気配を知るや、俺は足を使わずに瞬間移動でフェールの部屋から玄関に移動までしたのだ。
だが、俺はこんな言葉しか彼にかけれなかった。
「どうしたの。君に何があったの!」
彼は女性と楽しいひと時を過ごせた男性の顔などしておらず、壊れた石膏像に思えるぐらいに疲れ切った暗い表情をしていたのだ。
そんな彼を居間に連れ込んでソファーに座らせて問い詰めてみれば、彼は真冬の怪談かB級SFパニック映画の内容を語り始め、俺はどうしてフェールの傍を離れたんだ馬鹿野郎と、こんな話を聞く羽目になった自分自身を責めるしかなかった。
そうだ、俺はしっかりと反省したのだ。
反省した俺は可哀想なフェールの元に戻ってあげようとソファを立ちあがったのだが、踵を返した所で当り前だがアルバートルに服の裾を掴まれた。
「逃がさねぇよ。なんだ、あれ。あんなのを俺に押し付けやがって。竜だろ。あんたこそ竜だろ。いいよ。義理の兄として許してやる。俺の妹の他に嫁を娶っていいよ。あれをあんたが嫁にしろ。」
「やだよう。俺はエレノーラが一番でエレノーラが嫌な事はしたく無いの。それに、君が言うには生まれるかわからない卵なんでしょう。いや、言ったのはリリアナか。彼女だってドリアードが竜族の卵を産むなんてわからなかったって君に言ったのでしょう。で、孵化するかもしれないからよろしくってだけでしょう。別に君にお父さんになってと言う訳じゃないのでしょう。」
彼は無表情な顔を作ると、着ていた丹前の前を開いた。
彼の胸元には生まれたばかりの緑のトカゲ、いや、トカゲと人間でブリードされたような外見の仔猫サイズの生き物が収まっていた。
アルバートルから離れまいとの彼の胸元に四肢でしっかりと貼り付いて頑張っている姿は、微笑ましいどころか寄生虫が宿主から離れまいとしている姿にこそ似ていた。
「……君もお父さんか。頑張れ!」
「ふざけんな!ああ、もう!こいつは俺から離れないんですよ!俺はどうすればいいのですか!あなただって竜でしょう!」
「お、俺は人型に化けている竜でしか無くて、ヒューマノイドな竜族ではないし。」
「ああ!違いが判らない!ダグド様もリリアナもろくなことしか言わないのは竜だからなんですか!」
失礼な男、アルバートルがリリアナから聞いた事によると、竜族を束ねる女王は女王が生んだ卵から孵化するものだが、一般的な竜族は死ぬと魂が木に宿って木の股から卵が生まれるのだそうだ。
竜族が絶滅したのは拷問によって殺された事で魂が粉々になってしまって木に戻れなかった者が多くいた事と、竜族の卵が発見されるや執拗に壊されてきた事によるものらしい。
そんな哀れな竜族の卵が存在することは喜ばしいことかもしれないが、俺の第二野菜工場にあるのは人間の魂によってドリアード化した木が生んだ卵でしかなく、厳密にいえば自然発生的な竜族の卵とは言えない事が問題なのだ。
リリアナはそれでも竜族の卵ともいえるからと卵の存在を今まで隠しており、また、生きてはいてもそんな卵が孵化するとは思っていなかったとアルバートルには語ったらしいのである。
生きている卵、というフレーズを聞いたことで、アルバートルは誰もがやってしまう行為を大きな卵にしてしまったのだ。
つまり、ハンドボールサイズの薄ピンク色の卵を無意識に持ち上げただけでなく、持ち上げた卵が生きている事を確認するために耳を卵にくっつけて中の音を聞こうとした、という行為だ。
卵の殻はアルバートルの右耳が触れるやぱきゃっと彼の手の中で割れた。
そして驚く彼の手の中には、現在彼を苛んでいる悪魔なトカゲがぬっちゃりと濡れている状態で残されていたという事である。
人とトカゲが混ざったような顔をした生き物はアルバートルに可愛いと思わせるよりも彼の背中をぞっとさせ、その生き物はアルバートルを喰ってやるぞと彼が感じるような笑顔を彼に向けた。
いや、笑顔になったと思った瞬間に、手の中のものはアルバートルの胸倉に勝手に入り込んで貼り付いてしまったのだ。
「うわ!なんだこれは!」
「うふ、甘えん坊さんなのよ、竜族は。」
「はい?」
「あなたの事を親としてインプリンティングしてしまったようですから、その子はあなたのものですわね。」
「いらねぇよ。お前の種族だったらお前が育てろよ。」
リリアナに言い返した台詞と同じものを、彼は俺の前で繰り返した。
アルバートルが絶望にやさぐれるのは仕方がないだろう。
「ごめんあそばせね。シグルドが生んだ卵の子達がどんな風に育つか私にはわかりませんの。ですから、ええ!わたくしが受け持つのもあなたが受け持つのも一緒だと思いますの。それに、ええ!卵が生きている事はわかっていたけれど、孵化までするとは思ってもいなかった私ですのよ。ほら!まだまだ二十四個も卵が残っておりますでしょう。ええ、ええ、その管理で私は大変ですの!」
リリアナの言葉をそのまま俺に伝えたアルバートルの肩を俺は叩いて慰めてやるしかなく、俺が慰めきれない不幸な彼の呟きも聞き流してやることにした。
「あのアマ。次に会ったらトカゲの丸焼きにしてやる。」




