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見張り台って誰の詰所でしたっけ?

 エランは誰も登らない雪の積もった見張り台にいた。


 迎賓館でだらだらしていても、アルバートルは自分の持つ百鬼眼システムで領土の内外を見張っており、彼の見回している映像は会議室に設置してあるモニターという名のシルクの布に映し出されている。

 よって、見張り台勤務の担当はエアコンのある温かい会議室に籠っていれば事が足りるという、俺的にはそれほど苦行でもない職務内容となっている。


 寒いからと、もう一つエアコン設置のあるラウンジで雑魚寝していた奴らなのであるが、そのラウンジにだって俺が設置した本物のモニターとテレビゲーム機という遊び道具もあるのである。


 彼らが見張り台が嫌だというのは、純粋に飯事情だけのような気もする。


 それでも、真面目な男はどんな爛れた場所にでも存在するものであり、俺は一人寂しく見張り台に立つ青年に声をかけた。


「お疲れ様。君は自分に厳しすぎる。」


 黒と濃いグリーンで彩色された布で仕立てられた丹前を着た長身の男は、俺が声をかけるまで雪の降り積もる中で剣舞のような素振りをしていたのだ。


「似合うな。シェーラはやっぱりセンスがいいね。」


「ありがとうございます。彼女は繊細で気遣いがある女性ですからね、布から俺達に選ばせてくれたのですよ。もちろん、彼女が俺達一人一人に合わせた布を選んだうえでどれが良いかと聞いてくれたのですが。」


 うわあ、勝手に選んで勝手に縫ってしまうノーラとは偉い違いだね、とは俺は口に出来なかった。

 このエランこそ、そんな傍若無人なノーラの行動を受けたいと望んでいるのだろうからだ。


「最初に仕上がった丹前は君のものか。」


「ええ。団長は既に持っているどころか奪って喜ぶ人だろうし、副団はモニークが最初に仕上げたいだろうからって。俺が最初です。ですが、団長が手放せないのもわかりますよ。温かくって、動きも邪魔しない。」


「ああ、君の素晴らしい剣舞もお陰で鑑賞できた。」


 彼は真っ赤になり、どうせ俺の剣はお遊びです、なんて言い出した。


「いや、ごめん。剣舞なんて言って。それぐらい君の動きは美しかったと俺は感激したと言いたかっただけなんだ。」


「いえ、あの、俺こそすいません。俺はカイユーに剣で負けましたから、自分の情けなさに気が立っていたのです。」


「うそ。」


「あいつの剣はイヴォアール仕込みですから、俺よりも出来るでしょうね。」


「おや、寒がり君。いいの?ここは寒いよ。」


 アルバートルは俺に挑戦的な笑顔を見せると、木刀を持ち上げた。


「一応団長らしく、なまくらな部下を扱こうと思いましてね。」


 エランは嫌がるどころか喜びの歓声を短く上げてアルバートルの投げた木刀を受け取り、俺はエランから刀を受け取った。

 そして打ち合い始めた二人を眺めることにしたが、俺は何の為にここに来たのだか目的を忘れてもいいような気にもなっている。

 着物を着た男子二名が打ち合う様は、時代劇の殺陣みたいで小気味良いのだ。


「アルバートル隊はやっぱりいいねぇ。見惚れてしまう格好良さだ。」


「隊を褒めて下さりありがとうございます。俺だって丹前があれば。」


 毛布を防寒着代わりに巻き付けたフェールが俺の横に立った。

 俺が支給したウールのコートもあるはずだが毛布姿なのは、団長を見習って俺からも丹前を奪おうとの画策で、哀れみを演出しているようだと俺は気付いて笑い出していた。


「ハハハ、ちなみに君の選んだ柄はどんなものだ?」


「トンボです。真っ赤な赤とんぼ。シェーラは困っていましたね。そんな柄は無いですから。俺は意地悪な男です。でも、欲しかったんですよ。俺の幸せを現わす原風景なんです。田んぼには金色の穂がそよぎ、真っ赤な赤とんぼが飛び交うって、家族がいる俺の五歳までの記憶なんです。」


 俺はフェールの肩を抱いた。


「君はカイユーに連れられてアルバートル隊に入ったんだったね。」


「ええ。味方殺しのアルバートルの大事な子供を奪えと命令されました。」


「そうか。最初はどうでも、今は馴染んじゃっているんだから、昔話だね。」


「さぁ、現在進行形かもしれませんよ。命令したのは幼い男の子が大好きな聖女パナシーア様です。おっぱいが大きな人ですよ。」


「君がシェーラに銃を?」


「違います。パナシーアが動いていたとしたら、俺のせいかなって。潜り込んだ俺が団長どころかカイユーを裏切る気配など一つも見せない。そこで一度襲撃を受けたんですよ。当たり前のように団長は撃退してくれた上に、俺の告白を聞いても俺を追い出さなかった。それどころか、次はもっと動けと叱られたぐらいです。俺は裏切り者だって断罪される事ばかり考えてその時は動けなかったですからね。でも、団長に撃ち殺されれば楽になれるかもとそっちも望んでいました。いつか、アルバートル隊から追い出されるぐらいなら、仲間である今のうちに死にたいって。」


 俺はフェールを抱く腕に力を籠め、彼は今日ずっと俺に過去を告白したいだけだったのだとようやく理解した。


「君は勇者だろう。勇者には様々なクエストって言う困難が与えられるんだ。君が勇者であろうとする限り、俺は君を信頼し続ける。」


「勇者なんて、そんないいものでは無いですよ。俺はパナシーアから逃げたい一心で、彼女に伝えていた嘘の名前を登録書に書いただけなんですから。本当の名前さえ知られなければって、俺の村は全員が全員、通り名と本当の名前を持っていました。あの、俺の本当の名前は。」


「しっ、ここで言ってはいけない。そして、俺に教える必要も無い。」


「あなたには俺は単なるフェールですものね。」


「いいや。本当の名を知った相手に君は捕らわれるのだろう。俺はそんな縛りが無い状態の君と付き合っていきたい。君の自由意思で俺の子供でいて欲しい。」


 俺の腕の中でフェールは親父と呟き、俺にしなだれかかった。

 俺はノリのいい青年の頭を撫で、この馬鹿野郎がと叫んでいた。


「おい!フェールが凄い熱だ。迎賓館に戻るぞ!」


 俺と同じく見張り台に来ていた理由を忘れていた男は俺に叫び返した。


「ようやくノってきたいい所なのに!」


「じゃあ、お前は残れ!元々お前の詰所だろ!」


「歩いて帰れって事ですか?この雪道を!」


「お前はどれだけ堕落したんだ!歩いて帰ってこい!」

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