見張り台に詰めている人々
アルバートルの呼びかけにも、やっぱりシロロは来なかった。
彼はリリアナの授業が殊の外楽しいみたいなのだ。
そりゃそうだろうよ!
俺とフェールが作文の授業だけで逃げたぐらいだ!
「俺じゃやっぱり来ませんね。エランだったら彼を召喚できますかね。」
エランはアルバートル隊の誰よりも貴族的な顔立ちをしており、焦げ茶色の髪に飾られた整った顔の中で宝石のような青緑色の瞳が輝くという美青年である。
しかし、外見が素晴らしいからエランがシロロの一番のお気に入りなのではなく、元司祭見習いという経歴からか他者を色眼鏡で見ることなく誰をも受け入れ、魔王なシロロを子供として扱い守ろうとするところからであろう。
魔王として君臨することを放棄したシロロは、本気で幸せな子供時代を満喫することにだけ腐心しているのである。
「じゃあ、エラン君を呼んでよ。」
「え、見張り台にエランを呼びに行くのですか?ええ!」
俺はフェールが嫌そうに顔を歪めたことに、エランが見張り台という本来は彼等が詰めていなければいけない場所の宿直当番なのだとがっくりした。
どんな戦場でも生き残ってきた百戦錬磨のはずのアルバートル隊の面々は、俺の領地で完全にだらけ切ったのだ。
寒さと暑さに弱くなった彼らは、真冬となった今はエアコンのある部屋から全く出ようとせず、ダグド領の迎賓館だった屋敷を俺から奪いあげてそこを根城にしてしまったのである。
なぜならば、見張り台は城壁に設えられたものである以上そこは石造りという建造物であり、真冬ともなれば本気で凍える程に寒いのだ。
アルバートルも本気で嫌そうな顔をしたところから、俺はアルバートルとフェールを温かい部屋から見張り台の会議室へと瞬間移動させた。
「うぉ!」
俺の目の前ではピザパーティが繰り広げられんとしていた。
アッシュブラウンのさらさらとした髪に緑色がかった琥珀の瞳をした森の妖精のような美女と、光の加減によっては金色にも輝く薄茶色の髪をした色白の細身の美青年、いや、少年のようにも見えるから美少年か、が会議室のテーブルに焼き立てのピザを置いて微笑みあうという場面だ。
つまり、俺の娘のノーラとカイユーという恋人同士が、さあこれから食べさせごっこよ、というその時その場に俺達は出現してしまったのである。
ピザ、転生してから俺がずっと食べたいと望んだ食べ物だ。
先日アルバートル隊が交戦したドリアードがコーヒーの木だったことで俺をとっても喜ばせたのだが、ドリアードのせいで放棄されていた野菜工場にて、なんと、俺の手に入れたいと望んだ野菜、トマト、が繁殖していたのだ。
リリアナがコーヒーの木に恋人の魂を入れてドリアードにした事など、俺は完全に許した。
野菜工場が通常に稼働していれば、俺が知らない間に毒草として廃棄されていただろうトマトだったのだから。
トマトの茎や未熟な実にはアルカロイド系の毒があるとは俺も知らなかった。
さて、俺はトマトを手に入れた。
では、どうするか。
トマトソースを作ってピザを焼くに決まっているじゃないか!
今やダグド領のそこかしこで、トマトソースがある限り、ピザを焼いて食べることに領民達が夢中となっている。
「あ!いいな!カイユーばっかりじゃ無くて、俺達にも飯を作ってよ。ノーラの飯は俺達好みなんだって。」
あんなにも見張り台に来ることを嫌がっていたフェールはするっと会議室の恋人達の間に納まり、そして、ノーラに殺気の籠った目を向けられながらもピザの一切れを奪い取って齧り付いた。
「ちょっと、フェール!これはカイユーの。」
「お前、お前に惚れているエランもいる場所でそれか?本気でデリカシーのない酷い女だな。」
いつの間にか団長様までピザ作成者を罵った上にピザを奪い取り、当たり前のように自分の口に運んでいた。
「ああ!もう!私がカイユーに作ってあげたその丹前だって奪ったくせに!」
フェールはそういえば嘘吐きだった。
「お前な、この部隊で俺が一番偉いって知っているか?一番偉い奴が一番目立つ格好の方が良いだろうが。」
ど派手な縦柄はノーラこそ選びそうだなと俺は納得し、センスが無いと言われ続けているノーラだったが、彼女のセンスは着物柄だと活かされるようである。
カイユーは地味ともいえる黒檀のような丹前だが、まるで親父の丹前を着ている子供の様で渋いどころか物凄く可愛いのだ。
「あ、この色も良いな。俺の鶯色と交換しないか?」
「団長、それってダグド様からもらった……。」
「ああ、そういやそうだったな。」
カイユーは本気で可愛いよな、それに比べて、とアルバートルを睨んだが、どこ吹く風の彼は我が物のようにカイユーの頭を撫でていた。
その手はピザを掴んでいた手だよねと、汚れた指先をカイユーの髪の毛で拭っているの?と、彼というろくでなしの所業に俺は呆れるばかりだ。
「ああ、カイユーになんてこと!このろくでなし!」
ノーラは頭から湯気が見える程に怒りながらカイユーの髪を必死で布巾で拭い、翻弄されているばかりのカイユーはノーラの手の中で幸せそうにアハハと笑った。
そして、フェールは嘘泣きだろうが泣き出した。
「俺には一枚も丹前が無い!」
「シェーラがコツコツ作っているんだからさ、もう少し待ちなよ。」
「でも、ノーラはもう二着も!じゃないですか!この間、ようやく一着が届けられたばかりなんですよ!」
ノーラは馬がするようにフンッと鼻から息を勢いよく出して、自慢そうな顔つきでニヤリと笑顔になった。
「ふふん。このダグド領で裁縫は私の右に出る者はいないの。」
俺は合理的に走りすぎる娘にダメ出しをした。
「ミシンを使ったんでしょう。着物は手縫いをするものなんだよ。糸を解いて綿を出して洗濯してまた縫い直すって事がミシンの縫い目だと面倒じゃ無いの。」
「え、普通にお布団コースで洗濯機を回せば大丈夫じゃないの?」
言い負かされた俺はピザを一切れ奪うと、ノーラに失恋しているであろうエランの元へと行くべきと会議室から出て歩き出した。




