リリアナ先生
俺の呼び出しにシロロは現れなかった。
彼は授業中だと言い放ったのだ。
「え、授業?」
「最近遊んでとこないと思ったら、リリアナ姐さんの授業にシロちゃんは参加するようになったのですね。うわぁ、リリアナ姐さんはどんなお勉強を幼気なお子様たちに教えるのだろう!」
俺は領地の不安を告げに来た男の思惑が、ただ単にリリアナとの繋ぎを俺に作って欲しいだけのような気になった。
彼の上司によればフェールは大きなおっぱいが好きであり、我が娘のリリアナは男性諸君の誰もが恵体と涎を垂らすほどの肉体美を持つ女性なのである。
しかし、おっとりとした話し方の彼女は、誰よりも頭の回転が速く、俺は知らなかったが、運命の女神の端くれでもあるからか精霊魔法をいくつか扱えた。
「ああ、魔王のくせに純粋なシロちゃんに、あの女神のくせに奸計をめぐらす姐さんはどんな教育を施すのでしょうね!」
「わかったよ、うるせぇな!」
俺はフェールの首根っこを掴むと、彼が望むようにリリアナの音楽室という彼女の教室へと移動していた。
リリアナの教室にはデミヒューマンとヒューマンの子供達がいた。
ダグド領の子供は数が少なく、暴力夫から逃げてきた母親に連れられた子供二名と、障害があるからと捨てられた子供達三人、そして、アルバートル達が教会から救ってきたデミヒューマンのデーモン族の子供二名の合わせて七名である。
彼らにはダグド領以外で生きて行けるようにと、外に出ても困らないように読み書き計算を教えているのだ。
「ダグド領を守る純粋な兵士に仕込むのではなかったの?」
俺の意思を伝えた時のリリアナの台詞だ。
「ねえ、大丈夫だよね。思想的ななんか、君は洗脳したり弄ったりしていないよね。未来あるお子様だからね、ね。好きに生きさせてやりたい、じゃない?」
脅えた俺の返しだ。
彼女は小首を傾げて、ああ、こちらの方が良いわね、と低い声で呟いた。
それが、俺の言葉通りに「好きに生きさせる」なのか、俺の駄目さ加減を子供達に教えることで「守ってあげたい」的な純粋な兵士に仕立てるつもりなのか、俺は話し合ったその日以来そのままで彼女に確かめてはいない。
真実を知らなくてもよい時もあるのだ。
俺はリリアナに関してはそれを座右の銘にしている。
そんな今日の彼女は、美しい蜂蜜色の長い髪を教師という役割の為にかきっちりと結いあげ、服装もいつもの体の線が出るものではなく、グレーのスーツ姿という格好だ。
彼女は突然現れた俺達に左の眉を軽く上げ、それから俺達への罰のように俺達が逃げれなくなる言葉を子供達と特別参加らしいシロロにかけた。
「あら、ダグド様にフェール君も。今日は千客万来ね。うふ、今日はみんなが作文を発表する日だからかしら。皆さーん、ダグド様とフェールお兄さんが応援に来てくださったわよ。良かったわね。さぁ、シロちゃん。あなたが一番に発表してみましょうか?」
「きゃう!」
シロロは椅子を蹴るようにして立ち上がった。
椅子はベンチ式の固定されたものなので倒れることは無いが、それぐらい彼は元気いっぱいに立ち上がったという事だ。
立ち上がった魔王様は、ああ、魔王様は。
……バナナな着ぐるみを着ていた。
俺は改めて教室内を見回して、そこにはまともな服装の子供達がいないという事に気が付いた。
「すごい。完全なる洗脳教室だ。教会の剣騎士養成所よりも怖いっす。」
俺も怖いよ。
子供達が全員果物シリーズなのだもの。




