まほろばという俺の世界
俺が罪人の今後を心配することなく、物事は静かに収まった。
シェーラがアルバートルを殺しかけたことを断罪するよりも彼女を庇い、自分達がこの地に来る前のバランスを守ることに竜騎士団が腐心したのは、彼等にとってはここは天国であり、守るべき価値そのものだということだ。
俺の世界が変わる事など彼らが許さない。
自分の存在価値さえも唾棄すべきものと思い詰め、死ぬつもりだけで我が領土を侵攻してきた彼等にとって、俺の領地の人々の暮らしを守ることは彼等が生きていくための目的そのものだとも言ってもいいだろう。
そこで彼らは、俺の娘達が俺の思うように全員が無垢で世間知らずで幸せそのもの、という物語を続けられるように頑張ったのだ。
「俺は君達だっている世界こそ幸せなんだけどね。」
俺の丹前が気に入りすぎて毎日のように羽織っている男は、俺のぼやきに対してそれは知っていますよという顔をした。
彼に奪われた丹前は俺の好みで無地であるが、光沢のある鶯色であるところが渋いから彼も気に入ったのではなく、丹前なので綿が入っているという所が彼を魅了して手放せないのであろう。
怪我の為に肩を出すしかない彼に寒いだろうと丹前を引っ張り出したのだが、着せ付けられた彼は本気で温かい服だと感動していた。
前線大好き歴戦の兵士と自称していた男は、本気で寒さに弱かったようだ。
彼の団員までも欲しいと騒ぎ、シェーラがお詫びと感謝を込めて全員の丹前をこつこつと縫っている。
――私は汚れている。
シェーラは俺の前でそう叫んで泣き崩れた。
俺は彼女がこの領地に来た時から、何となくだが性的虐待を受けていた事はわかっていたのに、彼女の心のケアどころか娘に囲まれる気楽さに逃げていたと、この点についてもアルバートル達には頭が上がらない。
彼らは気が付いていたからシェーラを許し、聖騎士であった自分達が加害者側だったからこそ彼女が元の生活に戻れるように心を砕いたのだろう。
また、自分達が俺の世界の調和を崩したとの罪悪感もあるらしい。
俺の目の前の団長様によると、だが。
「確かにね。モニークもノーラも君の部下に奪われたものね。でもさ、息子が出来たみたいでそれもいいかなって俺は最近思うんだよ。君達の存在は俺にはもう当たり前の絶対なものなんだよ。」
「俺達にそんな優しい言葉を掛けて頂き、ありがたくて涙が出ますよ。」
彼はこんな事態を引き起こしたのは自分達の責任だと俺に謝罪してくると、あんなにも領地で好き勝手している癖に、俺の前では使用人風情な卑屈な素振りしかしなくなった。
やっぱりこの男は海千山千の男なのだろう。
俺は彼に白旗をあげた。
「わかったよ。あの家は好きにしていいよ!」
これで彼はこの一件で迎賓館という家を一軒手に入れた事になるなと彼を見返せば、アルバートルはミルクを飲んだばかりの子猫のような満足そうな顔を俺に見せつけていた。
いや、狩りが成功したライオンの笑顔か?
迎賓館はもともとエレノーラの為に作った家だった。
その家をアルバートルに奪われたからと、俺は取りあえずはエレノーラに謝った。
彼女は俺の話を聞くや、ふふんという風に鼻を鳴らした。
物凄く威圧感があって俺が怖いと泣きそうな、ふふん、だ。
「で、ダグド様?そのわたくしの知らないわたくしの財産はあとどのぐらいありますの?」
「――すいません。今のところそれだけです。あなたに振られそうならまた用意します。」
「もう、あなたったら。それならば安心しました。財産も帰るところも無いわたくしですわ。このまま一生おそばに置いてくださいませね。」
俺は両手で顔を覆った。
「ごめんなさい。それこそ俺のセリフです。」
「いや、ここはあなたの領地でしょうが!」




