ふらふら男とノーラという娘
ノーラはカイユーを迎賓館に連れ込んだらしい。
見張り台の個室よりも確実に温かく居心地がよく、かつ、自分の部屋だったと言われるところで記憶が戻らないよりも、全く知らない所で記憶が戻らない方が気持ちに余裕が出るから、とノーラが主張したのだそうだ。
俺は確かに彼女の言う通りだと考えたが、いくら婚約者同士でも一つ屋根の下に寝泊まりさせるのは如何なものかと父親として考えた。
「俺が見守りますから大丈夫です。」
迎賓館に付いていったらしい団長がインカムを使っての報告の最後にそう締めくくったが、俺は彼の決定に素直にダメ出しをした。
「それは危険じゃない?」
「俺を何だと思っているのですか?いくらカイユーが使い物にならないからって、俺が代りにってノーラを襲うと思っているのですか?」
リリアナも見守りで迎賓館に泊まると言っているのだから、リリアナに狙われている君は危険じゃないかという揶揄いでしかなかったのだが、アルバートルはリリアナの存在など一欠けらも考えておらず、彼の脳みその中はカイユーとノーラしか無いようだ。
俺は「君の壊れ具合こそ心配だ。」と言ってやることなどできないからと、彼に対して少々のお願いをする事で現状打破を企むことにした。
「ごめん、ほんの冗談。シロロがさ、俺がいない間に壊れちゃってね。今夜迎賓館でみんなで遊んであげてくれないかな。」
「いいですよ。ですがいいのですか?ノーラとリリアナに対して野郎が六人になりますよ。」
「ちゃあんと夜には野郎達を見張り台に帰してよ。君は団長でしょう。」
「――団長でいいのですかね、俺は。」
「俺が全員を帰すから大丈夫ですよ。ふらふら団長の代りをするのは嫌になるほど慣れています。」
割り込んできたイヴォアールに、インカムを彼にも渡しておいて良かったと思いながら、とうとうモニークとの婚約を俺に願い出てきた彼を虐められなくなったなと、俺は考えながら彼に応えていた。
「頼むよ。モニークはまだ君に頼まないけどね。」
「どうして俺にはそれなのでしょうか。カイユーには優しいじゃないですか。」
「君の後ろにいたモニークは俺が断ったら死ぬみたいな顔をしていたが、カイユーの後ろにいたノーラは、断ったら殺んぞこらって顔を俺に向けていた。殺られるのは俺かカイユーかわからないが、とりあえず自分の身が可愛い俺はカイユーを大事にすることにしただけだ。」
俺のインカム相手の二人は俺に耳が痛くなるぐらいに大笑いし、イヴォアールはモニークのためならいくらでも虐められますよと言い、アルバートルはもっとふざけたことを意外と冷静な声で俺に言ってからインカムをぶつりと切った。
「あなたの扱いが違うから、ノーラは自分に自信が無いのですよ。」
「――あいつは乙女隊の中でノーラにだけは扱いが違うよね。」
「うちの団員は皆そうですよ。トレンバーチから彼女には一目置いています。」
「そうなの?」
「ええ。俺達が壊した街の損害が自分達の価値そのものだって笑い、自分達が帰らなければもっと街をあなたが破壊するだろうと脅し、そして、あなたの気を落ち着けるために自分達が戻らなかった数日分の代金を払えと要求しましたからね。あんな楚々とした控えめな雰囲気の美女が、自分の二倍以上の年齢の海千山千のはずの男達を言葉だけで脅えさせた所は、俺達には小気味良いどころじゃ無かったのですよ。」
「おや。あれはエレノーラの手柄じゃ無かったんだ。」
「いえ、手柄ですよ。彼女はノーラの言葉を受けて、しっかりと相手から確実に金をむしり取って、さらには今後備蓄が必要になるものの手配を仕切りましたからね。アリッサは出来る限り物品を安く手に入れる値切り交渉と、あの三人のチームワークは凄かった。単なる破壊と殺戮しか出来ない俺達の情けなさを思い知るほどに素晴らしかった。」
「俺は君達の存在にあの時は天に感謝したけれどね。本当にあの時はありがとう。俺は大事な妻と娘を失わないで済んだ。」
「では、俺を出来る限り早くあなたの息子にして下さいよ。」
「それはまだ嫌。」
イヴォアールは笑いながらインカムを切り、俺は夕方までに間に合わせようと作業台に向かった。
作業台のテーブルにはシロロが今か今かと俺を待っている。
「ねえ、どうやってゲーム機を作るのですか?僕は魔王なのにこれだけはどうしても理解できないのです。」
「うん。これは魔法のものじゃ無いからね。だから今日は組み立てだけ君に教える。一番大事な基盤の作成は特別の勉強が必要なんだよ。それはこれからゆっくりと教えてあげるよ。」
シロロは幼い子供のようにわーいと両腕をあげて喜びの声をあげ、俺はいつものように彼の両脇に手を入れて彼を抱き上げた。
「カイユーはどうして素晴らしいお父様の竜騎士にならないんだろう。」
「俺よりも凄い竜や素晴らしい魔物が居たら、君はそれを父親に変えるのかい?」
「まさか!ふふ。そうですね。お父様変更しないカイユーは良い子です。」
「そうだね。良い子過ぎたね。」




