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呪いは幸せなど産まない

ここまでのあらすじ

カイユーは騎士団の騎士ではなく、アルバートルが現地徴集したアルバートル個人の兵隊であった。

カイユーを弟同然に思っているからこそ、カイユーの幸せの為にアルバートルはカイユーの任を解いてしまったが、その宣告はカイユーには死刑と同じものであった。

アルバートルこそが世界であったカイユーはその言葉を受けたそのまま自殺を図り、カイユーを死なせたくも手放したくもない俺は、カイユーにダグド領から出ていけなくなる魔法をかけた。

(by ダグド)

 俺は弱い存在だ。


 黒竜ダグドなどと外見も能力も人外でありながら、幼い子供一人助けることが出来ないという最悪な存在だ。


 俺は失敗をした。


 傷ついて自殺を考えた青年が領地を出ていくものだと思い込み、彼が領土に縛り付けられる呪いをかけたのだ。


 記憶を失うという、最低な魔法だ。


 元々は俺の妻にかける予定の魔法だった。

 彼女との結婚も未来も諦めてはいた頃、それでも彼女をこの領地から出したくないと、彼女が領地を出ていく理由を忘れる様にと作り出した魔法なのだ。

 そんなくだらない理由で作り出した魔法が良い結果など生み出すはずは無い。


 カイユーは全ての記憶を失った。


「俺はなんてことを。」


「後悔なさるなら、今後の打開策を考え出したらいかが?」


 俺は妻によって薄い毛布を引っぺがされた。


「あなた。城に帰って来ないばかりか、こんな所でうじうじしていただけなんて、恥を知りなさい!あなたはやるべきことが沢山あるでしょう!」


 俺はカイユーの見守りもあるからと見張り台にここ三日ほど居座り、彼等のラウンジに寝泊まりするようになっている。

 見張り台の連中は個室が寒いからとエアコンのある会議室かこのラウンジで雑魚寝していたが、俺が泊まるようになってから個室で寝ないといけないとぷりぷりしている。

 さらに、俺がカイユーの気晴らしになれば良いと持ってきてラウンジにゲーム機を設置したのだが、俺がラウンジを部屋代わりにしているせいでそのゲーム機で自分達が遊べないとそこも不満のようだ。


 前世でゲームをするとゲーム脳になるという主張に対してゲーム屋の俺は一家言あったのだが、今の俺は本当にそうだねと考えさせられている。


 お前らはカイユーより温かい寝床とテレビゲームなのか!


 そして、団員を纏めるはずの団長様は、カイユーの日々悪化する現状に比例してフラフラのガタガタだ。


「呪いを解いてあげなさいな。」


「無理。」


「まあ!あなたの魔法でしょう。」


「いや、だって、魔法が解けたら君が逃げると思ったから。解除は無い。」


「はい?」


 美しいアーモンド形の目を三角形にして俺を睨んでいた妻は、今度は真ん丸のドングリみたいにして俺をじっと見つめた。

 俺は自分の情けなさに大きな体を小さくして、そして、妻の視線から少しでも避けられるようにと視線もそらした。


「あなた?」



「ええと、だって、君に捨てられそうだったら使う魔法だったから。」


「まああああああ!」


 ああ、短い結婚生活だったな。

 きっと俺の情けなさに彼女には三下り半を突きつけられるだろう。

 江戸時代の離婚証明書の三下り半は、男から女に押し付けられるのではなく、男を見限った女が男に書かせるものだったらしい。


 間男姦婦仲良く胴四つの時代だったのだ。


 自分が新しい男と幸せになったのに、別れたはずの古い男に浮気だと騒がれたら迷惑だ、ということなのだろう。

 この男ときっぱり別れましたよ、という証明が女には必要だったという事だ。

 俺が前世の学生時代に読んだ江戸風俗に関する本にあった雑学を思い出しているのは、俺の前に立ちはだかっている妻からの軽蔑の一瞬から逃げたいからだが、彼女は俺に呆れ過ぎたのか二の句が継げないようである。


 俺はどうせ殺されるならばさっさと断罪されたいと、視線をちょろりと動かして自分の美しき妻を見た。


 ひまわりのような金髪に太陽に焼かれた肌と青空をそのまま映しこんだような青い青い瞳を持つ美しき妻は、うわ、泣いていたじゃないか!


「ごめん、ごめん。エレ。ごめんなさい。俺が悪かった。俺が情けなさすぎて悪かった。そこまで君に卑怯なことをしようとしていたなんて気味が悪いよね。ああ、すまなかった。心を入れ替えるから。」


 俺はどかーんと妻によってソファに押し潰された。


 彼女は洋風美女なだけあって、かなり大柄なのである。

 モデルのように百七十以上は身長があると言えば理解してもらえると思う。

 黒竜の作り出す大柄な男性像でない前世の標準的な日本人な俺のままだったら、彼女を抱き締めることどころか受け止める事など出来なかっただろう。


 だが、彼女の勢いを殺せずに俺は妻を抱いたままソファから転げ落ちかけ、駄賃のようにごつんとテーブルの天板に後頭部をしたたかに打っていた。

 打ち付けた頭が痛いが、妻を宥める事こそ必要だ。


 何しろ、彼女は妊娠もしているのだ。


 ああ、俺が頭を打っただけで、彼女とソファから転げ落ちなくて良かった。


「だ、大丈夫か?」


「もう!あなたは。あなた一人が痛かったでしょう。あなたこそ大丈夫?ああ、愛しているわ。私だけあなたを凄く愛していると思っていたけれど、ええ、ええ、あなたもそんなに私を思っていてくれたのね。」


 俺は心の中でガッツポーズをしていた。

 よし、逃げ切ったぞ、と。


「でもあなた。私はあなたと結婚できなくてもあなたの姿を見れるだけで幸せだったのよ。ねぇ、ノーラをカイユーに会わせてあげて。」


 そう、俺は娘同然のノーラの婚約者であるカイユーの記憶喪失を、いや、俺がそんな魔法をかけた本来の事情を隠すために、彼女にカイユーを会わせないようにしているのだ。


「だめだ。どうして彼がそうなったのかあの子に伝える事になる。」


「あなた。それでこんなにも現状を無意味に停滞させているの?でもね、差配人として私はこの現状を変えたい気持ちで一杯なの。ベッドに夫がいつまでたっても帰って来ないなんて許せないわ!」


 え、それは差配人としてじゃなく、ただの妻としての言い分では?

 そう言い返す度胸も無い俺に対して、美しき妻はニヤリと笑った。


「私はあなた以上の兵隊を持っているの。」


「え?」


 俺は妻をまじまじと見つめるしか出来ず、彼女が青い瞳を爛々と輝かせている様に見惚れながらもぞわっと背筋が凍った。


「何をしたの!」



 見張り台は夜の女王による高音にさらされた。

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