煙突のない世界
意識のあったカイユーは、ノーラを呼ばないでくれと俺に懇願した。
俺は彼の懇願を受け入れる代わりに、彼の容体が安定するまで彼の部屋に居座って彼の手を握って彼を見守っていた。
目を閉じた彼の寝顔はあどけなく、俺は領地に捨てられた娘達の最初の夜の寝顔を思い出していた。
熟睡どころか隙間風で目を覚ましてしまう、不安だらけのいたいけな寝顔だ。
そして朝方にカイユーは瞼をピクリと動かして、俺がまだいたことに素直に驚いて嬉しそうに笑い声も立てたが、カイユーらしくなくすぐに謝ってきた。
「うん。君が馬鹿なことは良く知っているから気にしない。もう大丈夫でしょう。ノーラを呼んだ方がいいかな。」
しかし、こんな馬鹿な自分を見せたくないと彼は笑い、そして、自分はこの領地を出ないといけないと俺に謝った。
「俺は兵士ではなくなりました。ここに居られません。」
「兵士じゃないなら、ただの未来のないカイユーとしてここにいればいい。」
いつもだったら俺の返しに酷いと笑ってくれるはずが、彼はクスリとも笑わず、しかし思い詰めた目で俺を見つめるのである。
「できません。俺は団長とこのダグド領を出ていくつもりでした。団長はそのつもりでしたから。でも、俺はいらないみたいだ。ハハハ、頑張って連射出来る様になったのに、スキルも全部消えてしまいました。」
「ああ、そうか。それじゃあ、死にたくなるな。」
俺はカイユーを取りあえず抱きしめて、そして、傷が癒えるまでこの領地にいて欲しい事と、彼がそれに答える前に俺は卑怯にも彼を抱き締めている事を利用して彼が領地を出ていけない呪いも秘密裡に掛けた。
「……ありがとうございます。」
彼の部屋を出る俺の背には、彼の弱々しい声がかかり、俺はそれだけで胸がきゅうっと苦しくなった。
ここはもう、全ての責任者である男にその鬱憤を晴らすべきであろう。
男は見張り台にいた。
寒い雪の中、誰も登らない見張り台に彼はおり、ダグド領地の中を静かに見つめていた。
「何時間こんな所にいたんだ?風邪をひくだけだぞ。考え無しの君が頭を冷やしても意味がない。」
「イヴォアールと同じセリフですよ。」
俺もアルバートルの隣に立ち、彼と同じように自分の領内、城下町というのだろうがそこを見下ろした。
我が領地はエアコンを使用しているために暖炉など不要だ。
よって煙突など無いために煙も立たず、静かに雪に埋もれているだけの家々しかない景色は、この電気のない中世の世界しか知らない人間の目には廃墟の街に映るだろうか。
「カイユーは雪が嫌いです。煙突掃除はそれはもう怖くて辛かったらしいです。手足をね、こうつっぱって――」
まさに自分が煙突の中で壁に挟まれているようにして、アルバートルは両手を広げた。
「必死で上を目指して昇っていかなければいけない。一瞬でも躊躇すれば、暖炉の熱が手足に伝わって自分を支えていられなくなる。彼は冬になると何度も何度も、ああ、なんども、……。」
俺はアルバートルの肩を抱いてを引き寄せた。
彼の身体は死んでしまった兵士のように冷たく硬かった。




