シャキンシャキーン
モニター内のノーラとアールが険悪な状況となっているのと同じぐらい、俺とアルバートルの間にも険悪な空気が流れていた。
「君はさ、俺に嘘ばっかりなんだね。俺が君を騙していたって俺を詰って来たこともあった癖に。君こそ俺を騙してばっかりだ。」
「知る必要のあることと無い事があるってだけですよ。」
「ノーラが死んだら俺は知りたいだろう!知る必要があることだろう!」
「それこそ知る必要が無い事です。このダグド領で死んだ人間は、身の回りのものすべて、存在自体消して消えなければいけないのでしょう。」
「え?」
「ですから、永遠に生きるあなたの為に、領地の人間は死ぬと身の周りのものと一緒に全部燃やし、墓など残さず、それどころか生きていた縁も残さないのがしきたりなのでしょう。俺はノーラの生きていた証や存在は消したくなかった、それだけですよ。」
「え?」
俺は一体何のことかわからずにグルグルと思考回路が回ってしまった。
「どうかしましたか?」
「いや、え?墓はあるよ。まぁ、確かに領民が墓はいらないって言うから、俺が勝手に作っているだけだけど。身の回りのものも、うん、確かに全部燃やしてくれって頼まれるね。形見分けが終わって残った不要なものは。でも、どうして、ああそうか。葬式も今までしたことはないね。神様の所に行きたくないから葬式はしないでくれって遺言ばかりだ。」
今度はアルバートルが、え、と聞き返して来た。
「どうしたの?」
「いえ、だって、ノーラがカイユーにそのようなことを。ああ、そうか、あいつは名を残して死にたいと言ったカイユーを諫めていたのか。ああ、そうだよな。最悪な間抜けだが気は良い奴だものな。」
俺は勝手に解釈をして勝手にノーラへの評価を底上げしてくれたアルバートルに対し、ノーラが勘違いしているとは言い出せなかった。
ノーラが領地に来た年だ。
領地に来てすぐに死病を発症して死んだ女性がいて、俺は彼女の遺体や持ち物を一切合切すぐに燃やしてしまった事があったのである。
あれは病というよりも呪いでしかなかった。
黒い煤のようなものが彼女の部屋のそこらじゅうに舞い上がり、それに触れた者の肌に貼り付き、それだけでなく毛穴からそれらが入り込むのである。
俺は自分の頭の中で鳴り響く城門からのアラームに追い立てられ、不安を掻き立てられながら彼女の部屋に辿り着いた時には全てが終わっていた。
自分を失って捨てられた、編み物だけ覚えていたミランダは、大事にしていた編み針を自分の目に刺して息絶えていた。
いや、息絶える寸前だった。
「過去が私を殺しに来たのよ。」
「ダグド様?」
俺はアルバートルに左腕を掴まれて、そこで過去という呪いに引き込まれてしまったのだとぞっとした。
あの魔物は過去の記憶の中に棲まい、記憶の中から人を苛み精神を食い尽くしてしまうのである。
ミランダはその魔物と戦った聖女であり、彼女は魔物を自分に封印するために自分の記憶を全て消してしまったという人であったと俺は最期の彼女の告白で知ったのだ。
「どうか、されましたか?」
「いや。思い出しただけだよ。俺は、ええと、全てを始末した気がするが、始末しきれていない化け物がこの領土にいる気がしてね。急に思い出した程度の大昔の話なんだけどね。」
「大丈夫でしょう。」
「大丈夫って。君は知っているのか?」
「シロロ様ですよ。」
「え?」
シャキンシャキーン。シャキンシャキーン。シャキンシャキーン。
嫌な音が間近で鳴り始めたと音のする方へ振り向くと、シロロが自分の身長ほどある大きな園芸鋏を掲げ持って、それを楽しそうにシャキシャキと鳴らしていた。
こいつ、意味がわからねぇ。




