戦いごっこ
アールとノーラが俺達のすぐそばまで来ていたようだ。
アルバートルは口元に指を一本だけ立ててからその指で床を差す、つまり俺に静かにして動くなというサインだけして、彼自身も完全に動きを止めた。
彼はサーチアイも百鬼眼システムも使わず、自らの五感だけに頼って野生動物が気配を探るように周囲を伺っており、俺も耳を出来る限りにそばだてた。
俺達は緊張しながらノーラとアールの動向に神経を集中させていたが、ノーラ達は俺達の存在に全く気が付いていないのか、お気楽としか聞こえない会話を続けるだけである。
俺達は一先ず緊張を解いた。
すると、なんと二人は不用意に建物に近づいて来て、なんてことだ、露天風呂の中まで覗き込んできたではないか。
脱衣所には暗幕も貼ってあり、内風呂、外風呂という造りなので気付かれないはずなのだが、相手は百戦錬磨の長寿の妖精である。
俺達が再びの緊張に息をひそめる中、露天風呂を初めて見たアールの感想の大声が間抜けに響いた。
「わあ、池の魚になれるね。」
「まあ、ひどい!」
俺達は同時に目線を交わしていた。
まずあいつを鯉こくにしたいな、という共感力というテレパシーだ。
そして再びノーラ達を警戒したが、ノーラ達は潜む俺達をあざ笑うかのように一向に移動せずに、なぜか露天風呂をじっと見つめているようなのである。
「見つかったのかな。」
俺の囁きにアルバートルは俺を見返し、彼は立てた人差し指を口元に当てた。
「――私の愛する人は未来が無いって言います。」
ノーラの声に俺達は同時に外の方向へと振り返った。
「いつ死ぬかわからないって。だから、お風呂の時もゆっくり入らずに仲間と一緒に戦いごっこをしているの。」
「ああ、それで塀が壊れたのですか。」
俺はアルバートルの横顔を見つめたが、彼は完全に横顔も見せない程に俺から顔を背けていた。
露天風呂の塀の一部が崩れて外側に倒れたのは、単なる経年劣化によるものという報告を俺は俺から顔を背けている男より受けていたのである。
――すいません。俺達が支えるにも咄嗟で何もできなくて。
――ああ、いいよ。君達が大怪我をしなくて良かった。俺の管理不足だね。君達には申し訳ない事をした。
お前に謝った俺を返せ。
お前は俺をどれだけ裏切っているんだ。
脱衣所という監視小屋で無言のままながら互いに、いや、俺が一方的に不信感を高めていると、ノーラがカイユーへの想い、自分は一分一秒でもカイユーの事を考えているべきだという嘆きを口にした。
そこで俺達も再びノーラ達のいる方向へと意識を集中すると、ノーラの言葉でアールとノーラの気軽さも消えてしまったようで、彼女達は来た時とは違う足取りで迎賓館の方へと戻っていった。
数分後、迎賓館のセンサーが彼等の帰宅を告げ、動きを止めていた俺達はヘッドフォンを取り上げて監視の仕事に戻った。
「君が塀を直せよ。」
「あなたの魔法だったら一瞬じゃないですか。」
「戦いごっこで壊したんだろ。ペナルティだ、ペナルティ。」
「いいですよ。俺の底力を見せてやりましょう。」
「で、どんな戦いごっこをしたのよ。」
「子供ですか?戦いごっこなんてしませんよ。」
俺はじっとアルバートルを見つめた。
彼はそれはもう、何も心配はいりませんよ、てな笑顔を俺に見せつけた。
「言えよ。」
「わざわざ言う程の事じゃないですって。大体、塀が脆かったのがいけないんです。一体いつあの塀を立てて、何年メンテナンスをしていなかったのですか?」
俺はアルバートルに謝らなかった。
アルバートルに腹も立てなかった。
これは奴の逆切れでしかないと知っていたからだ。
そして俺に逆切れを知られたと知った彼は、俺が彼の逆切れを知っていると彼が知った事も知っていると気が付いたようだ。
クランフォード風に言ってみると。
彼は観念どころか物凄く悪そうな顔を作った。
「あなたが以前に言っていたでしょう。三角蹴りって格好いいなって。あなたの為の練習です。」
アルバートルが敵に三角蹴り、正しくは三角跳び式延髄斬りをしたところが見たいと、脊髄反射のように思った俺の負けだ。
塀は直させるけどさ!




