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牛鬼は最強なり

「やばいな。ノコギリの三十二枚目の刃が必要かな。」

「意味がわかりません。」

 手に汗を握って心配している俺の呟きに対して、当り前だがアルバートルの声音はそっけなかった。


 それもそうだろう。

 彼らは俺の相手をしているどころじゃないのだ。


 牛鬼は自分の身長程もある大きな鉈を振り回しており、当り前だがアルバートル達の誰もがそれに近づくことは出来ない。

 それどころか、要塞の砲台から次々に銃撃の雨が降り注ぎ、彼等は牛鬼の鉈から身をかわすだけで精いっぱいなのである。


 カイユーの問題もある。

 彼は釘に刺し貫かれたまま、雪原を朱に染めながら横たわったままなのだ。

 これこそベイラードの呪術なのだろうか。


「われを火刑に捧ぐというならば、われはお前らに地獄をもってこよう。」

 突然に戦場中にアルトの歌声が響き渡った。


 ノーラが突然に歌い出したのは、前世で俺が大好きだったアリアの一つ、「炎は燃えて」によく似たメロディの魔女の歌だ。


 これはこの世界で俺がノーラによって知る事になった俺の大好きな歌の一つであるのだが、一番目が火刑台に送られる魔女が村人を呪うという歌詞でしかないのに対して、二番目の歌詞が魔女が我が子に逃げ延びて欲しいと望む愛情が歌い上げられるという面白い歌なのだ。


 だが、俺は今は止めてと叫びたい。

 俺どころか竜騎士達全員、いや、全ての敵の注目までも浴びているのだ。

 牛鬼だって動きが止まってしまっている!


「やめて!ノーラ!こんな時に魔女の歌など歌わないで!」

 俺の気持ちをカイユーが叫んだ。


 俺は彼が動けるという事実に対して安堵の息を吐き、ほんの少しだけノーラに感謝した。


「この馬鹿女!何を目立つことをしているんだ!」

 娘を叱れない俺の代りに、アルバートルが本気の怒号でノーラに吼えた!


 そして、彼らが危惧したとおりに、全ての砲台が、魔女の歌とやらを歌い始めたノーラへと狙いを定めたのである。

 しかし、ノーラは自分が狙われていても脅えるどころか、舞台に立つオペラ歌手のようにして、恐ろしくももの悲しいメロディを歌い上げ続けるのである。


「聞いたか!皆の者!あれこそが全ての元凶の一つ。あれを攻撃せよ!」

 ベイラードの裏返った声が要塞から響いた。


 ドッドドドッドン。ドン。ドドドッドドン。


 砲台は一斉にノーラに向けて砲撃を開始した。

 だが、絶対魔法防御を持つ魔王が彼女の後ろに控えているのだ。

 砲弾は彼女の元に辿り着くどころか、数メートル手前で一斉に破裂した。


 衝撃波などが彼女を襲う事も無い。


 そして彼女は砲撃などものともせずに歌い続け、俺達の目の前で魔物を召喚する本当の魔女へと変化した。


 彼女が歌い続けるその前にシロロはとことこと出てきたのだが、彼の背中には真っ黒い翼が生えていたのだ。

 真っ黒な羽を生やした真っ白なウサギは翼を羽ばたかせると、地面から数メートルほどの高さにふぁさっと飛び上がった。


「さぁ、シロちゃん。あのいらないものを壊すわよ。」

「はい。姉さま。」


 空を飛ぶ禍々しい兎はアルバートル達の戦場にくるっと振り向くと、俺が初めて聞いた魔法を唱えた。


「リシス」


 静かな声で、たった一言。


 彼は分解を意味する単語を呟いただけなのだが、崩壊は一瞬だった。


 魔法防御が施され魔法錬成されていた要塞でありながら、そのつるっとした光沢をもつ壁が一瞬でただの木片と泥に変わり、タロットカードのタワーの絵そのものの崩壊を見せたのだ。

 壁に打ち付けられていたバルマンたちは壁の崩壊とともに地面に落ち、そして、要塞内にいた銃騎士、実は要塞の材料として合成されていたらしき彼らは壁と一緒に崩れ落ちてただの肉塊と化した。

 腐った肉と泥のなかで目を丸くして体を縮こませているのは、ほんの少し前までは世界を手に入れた様な万能感に溢れていたベイラードだ。


「ひ、ひぃ!」


 自分を守るものが無くなった彼は、なんと呆れるほどに臆病で脆弱なのか。

 彼は自分が強力な攻撃魔法持っている事、つまり、釘打ち魔法が使える事も忘れてこの戦場から逃げ出そうとした。


 すなわち、自分を囲む肉の混じった泥土の山を飛び越えたのだ。


 飛び上がった彼は、彼が作り出したものに頭を咥えられた。


 ベイラードの頭を咥えた馬は、自分をこんな姿にした怒りをぶつける様にして、がりんと大きな音をさせてベイラードの頭を噛み潰した。


 これで全て終わり。

 あとはバルマンを助けるだけだ。


「うわ、ちょっとシロちゃん!こっち、こっちこそやっつけちゃって!」


 フェールの慌て声に再びアルバートル達に意識を向けると、なんと牛鬼は全くの無傷で、飼い主が死んでいても全く気にしていないどころか、長い鉈でアルバートル達を真っ二つにしようと彼等を追い回していた。


「うわあ。ちょっと待って!待てって、バカヤロウ!」

 アルバートルが自分に迫る牛鬼に対して逆切れ風にショットガンを撃った。

 しかし全くびくともしない。

「無理だよ!こんなデカぶつ!イヴォアール、何とかしてくれ!」


 剣士イヴォアールは団長命令に対して副官らしく部下に命令を投げた。

「ティターヌ、ガトリングでストッピングぐらいして!」

 ガトリングが火を噴くと、牛鬼はストッピングされるどころか寝ころんでいたカイユーの方へと走り出して、カイユーをその鉈で真っ二つにしようと振りかぶった。


 当たり前だがカイユーはきゃあと叫んでゴロゴロと凄い勢いで雪原を転がって逃げ出し、だが、逃げ出した先で右肩の痛みにそのまま動けなくなった。


「スナイパーどうしたのよ!撃って、撃って、撃ち殺してよ!エランはどこ!団長!俺を助けて!」

 カイユーは本気で泣き出しそうだ。


「ほら、カイユー逃げて!踏み潰されるよ!」


 声をかけるだけで助けに走らないフェールはどうしたものか。

 ああ、カイユーが危険だと、俺は全員に叫んでいた。



「お前らノーラに殺されるぞ!」

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