だって寂しかったのだもの、かな
「で、シェーラ。君が戻って来たのはどうしてだ?君はお姉さんの遺体を探しに北に行ったのでしょう。君に何が起きたの。」
彼女の肩に手で触れようとして、俺の手はばしっと彼女に払いのけられた。
「嘘つき!ダグド様の嘘吐き!全部、知っていて、全部、仕組んでいたなんて!」
それは事実だ。
誰が仕組んだかを言ってみればシェーラに殴られたノーラだったのだが、俺がノーラの発案とその行為を知らされたのが事の終わった後だとしても、俺がそれを受け入れたのだから、これは俺の仕掛と言われても仕方が無い。
いや、その責任も負うつもりで俺は全て受け入れたのだ。
「ああ。俺は君に絶対に戻ってほしかった。君にこれ以上背負う必要のない罪悪感を背負っていて欲しくなかった。だから謝る気も無い。君がここにいてくれるなら、俺は君に嫌われていても構わない。」
シェーラは短い悲鳴のような声を上げると両手で俺の胸を叩き、そしてそのまま俺の腕の中に納まった。
「わ、私がダグド様を、き、嫌うなんて、な、ないわ。それよりも、そこまで私を想ってくれた事こそ嬉しい。」
「そうか。そういって貰えて俺も嬉しいよ。君は辛かったんだ。辛かったね。」
俺は彼女を両腕に抱きながら、嗚咽を上げる彼女の髪を撫でていた。
「つ、伝えなければ、い、いけ、いけないことが。」
俺はノーラへの謝罪なのかと彼女を促したが、俺は突然として耳が聞こえなくなったようだ。
いや、脳みそがシェーラの言葉を理解しないようなのだ。
「アルバートル。俺は脳みそがバグったらしい。シェーラの姉さんの遺体が蘇生して歩き出したと聞こえたんだが、そんなことは無いよね。」
アルバートルは俺に爽やかな笑顔を返した。
「俺もそんな風に聞こえてしまいまして。雪が降ると気圧が変わりますから、鼓膜の調子が悪いのかもしれませんね。お互いに。」
「君もだったら気圧のせいだね。」
「そうですよ。気圧のせいです。」
俺はどんと胸を強く突かれた。
先ほどまで俺に縋って泣いていたシェーラが、泣き顔のままだが、顔を真っ赤にして怒りも見える表情で俺を睨んでいるのだ。
「ふざけないでください!そ、蘇生した姉さんの遺体が野営する私達の所に来て、で、でも、お、鬼に誘拐されちゃって。で、で、エランが助けに行って、ね、姉さんは助かったけれど、鬼を二体殺してしまって。だから、ああ、どうしよう。ごめんなさい。伝えなきゃって。ごめんなさい。言うのが遅くなって本当にごめんなさい。鬼が、鬼が報復に来るかもしれないの。」
俺は意味の解らない物語を話し出したシェーラに驚くしかなく、再び保安部隊の長である経験豊富な騎士団長様の方を見た。
彼と目を合わせると、彼は先ほどと違って確実に諦めの翳りのある笑顔を見せ、そして、覚悟を決めた風に大きく溜息を吐き出した。
「シェーラ。俺も鬼については聞いた事がある。北のラングゥドゥーシャ地方の住人だと言われているデミヒューマンだろ。だが、シェーラ。彼らが住まうと言われるラングゥドゥーシャにはここから一週間で辿り着けないはずなんだが。」
シェーラはアルバートルに素直にその理由を答えたが、俺とアルバートルは再び気圧で耳が聞こえなくなった。
旅が始まった三日目から目が覚める度に知らない場所にテレポートしており、昨日には知らない場所どころか目が覚めた目の前には死んだはずの姉が立っていたという悪夢を、二人は寝袋に納まったまま目にする事になった。
という話など幻聴に違いない。
「でも、でも、姉が死んだのは十六だったはずなのに、十歳ぐらいの幼い少女の姿だったの。でも、あれは姉でしかないのよ。あの顔、あの声、そして喋り方は、幼いころに一緒に遊んだあの姉でしかないの!」
俺はここで乾いた笑い声を立てていた。
死体を蘇生ではなく、死体から生き物を作り出してしまえる魔物の存在を俺は痛いくらいに知っているからである。
目が覚めたら移動していたなんていう自動テレポートなんて、現在の俺が体験中の迷惑な魔法だ。
新婚の夫婦のベッドに、毎朝時間になると目覚まし時計の正確さでその魔物様が熟睡した姿のまま出現なされるので、俺と妻には朝の夫婦のひと時、新婚にしか味わえないだろうイチャラブなどありえないのである。
俺とアルバートルは再び目を合わせると、あいつだ、あの方ですね、というテレパシーを交換した。
互いに通じるテレパシーなど無いので、単なる共感力でしかないが。
諸悪の根源は、我らが魔王様だったのだ。
この世界は俺が友人と作ったゲーム世界に酷似しているのだが、ゲームストーリーとして中盤のボスの死によって世界は様変わりする。
つまり、中盤のボスというのが俺自身でもある黒竜ダグドだ。
魔王未満は黒竜ダグドを殺して黒竜が死んだ時に噴き出すエネルギーを得ることで魔王として羽化しようと企んでいたのだが、彼は俺の子供になることで三食昼寝付きの世界を手に入れ、世界征服など完全に忘れてしまった。
それだけでなく、甘やかされる子供時代という特権をただただエンジョイなさっているのである。
そんな魔王は遊び友達としてアルバートル隊の連中を気に入っているが、中でもシェーラの護衛として一緒に旅に出したエランが一番のお気に入りだった。
三日目からとシェーラが語るように、魔王様は三日でエランのいない寂しさに耐えられなくなってしまったのであろう。
エランの志願など聞き入れずに、別の人間にシェーラの護衛を任せれば良かったのだと、俺とアルバートルは共通の反省会を一瞬だけして、シェーラに何が起きたのか聞き返す事にした。
ずっと反省しないといけないとしたら、日々領民の事を考えている俺達がとても可哀想では無いか。
「で、まぁ、とにかくシェーラ。椅子に座って。アルバートルの淹れてくれたお茶を飲みながら何が起きたのか詳しく教えてくれ。鬼の所だけ。」
「鬼の所だけでいいのですか?」
「いいよ。一応このダグド領にとって危機感溢れる事態は、鬼人の襲来なんでしょう。俺は良く知らない人たちだけど。」
俺は前世でこの世界と似ているゲームを製作していた製作者側であり、俺は個人的趣味から悪鬼系のデザインも受け持っていた。
だが、鬼人については俺は知らない。
西洋を舞台としているそこに日本式の鬼など必要ないのである。
そして、俺が知らないながらも鬼が存在しているという事実は、この世界は俺と友人が作ったゲームではなく、似ているだけのパラドクスな世界なだけなのかもしれない。
まぁ、そんなことよりも情報だとシェーラに尋ねたのだが、彼女は目を丸くして俺を見返していた。
「ダグド様がご存じない?嘘でしょう。」
俺を神のように考えていたのか、俺の無知を素直に驚いてくれた娘に、俺は自然と微笑んでいた。
「俺だって万能じゃないよ。」
「うそ。だって、昔話でよく語ってくれたじゃ無いですか。お面を被って悪い子を捕まえに来る鬼がいるって。」
「うそ、なまはげ?なまはげなの?ボーナスステージのなまはげなの?」
友人と冗談で作ろうかと考案していたボーナスステージであるが、真っ黒な鎧兜を着て真っ赤な鬼の面を付けた敵と純粋に戦うだけという、経験値と敵が落とすレアアイテム狙いだけのものだった。
手軽に経験値や得たアイテムを売ることでゴールドを稼げるという事で、有料パッチにして売り出そうと考えていた銭ゲバな俺の過去の一片である。
俺が今銭ゲバな通商云たらに悩まされることが多いのは、この前世の行いから来るものなのであろうか。
そして俺はこの部屋にフェールという時々影が薄くなる男がいたことを忘れており、その男がボーナスと叫んで部屋を飛び出して行ったことで、お調子者のカイユーを焚きつけて面倒を起こしてくれるだろうとうんざりするしかなかった。




