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狼族の村で

 彼等は人間と犬族との共生が適わずに、一時は人類による虐殺の憂き目に遭い、その結果として種としては絶える寸前だった。

 しかし、彼等の族長の妻であるミゼットの弟、ビクトールの活躍によって俺の庇護を受ける事になり、ダグドの領土の片隅で小さな国を建国した。


 国名は俺が好きな北欧神話を語った所、彼等も気に入ってフェンリルとなった。


 フェンリル狼は、神様をひと飲みできる程の凶悪なオオカミの名前だ。

 俺を鎖に括りつけるならば騙してはいないと俺の口に右腕を差し込めと、神々を脅した程の凶悪で賢い狼なのだ。


 さて、狼族の国のフェンリルはたった五名の村から始まったが、死んだビクトールの赤ん坊がそこに二名加わり、ビクトールと一緒に収容所に入れられていた八名が加わり、その後は身を隠していた狼族がそこに次々と集い、また、犬族の人達までもそこに加わり、いまやダグド領の領民の半分ぐらいの人数という大所帯に変化していた。


 そして彼らは人数が増えると、食料などを俺に頼むどころか若い男達が村の外に出稼ぎに出て行った。


 誇り高い彼らは俺が彼等に選別として与えた羊に関しては受け取ったが、これ以上のダグド領からの施しはいらないということだ。


 実情として、増え続ける彼ら全員の糊口をしのぐ援助などこれ以上し続けられるものでは無く、彼等からの申し出についてはありがたいと思ったぐらいだ。

 俺は彼等の申し出に対して気を悪くするどころか、若い男手を他国に出した彼等を武力的な面で友好国として守ることは約束した。


 それが仇になったのだろうか。

 フェンリルはガルバントリウムの住人達によって囲まれていた。


「ノーラとシロロがフェンリルに駆け付けたのはこれが理由か。」


 真っ赤な巨大なアリの頭の上にいるシロロとノーラは、その凶悪な昆虫をガルバントリウムから来た暴徒達に対して威嚇させていた。

 緑地に小花柄のロングワンピースをはためかせて皮のコートを羽織っているノーラは、可憐というよりもペルセフォネを奪われた怒れるデメテルのような佇まいだ。

 彼女と手を繋いでいるシロロは、魔王どころか絵画の女神に添えられて描き込まれる天使の一人にしか見えない。


「あの子たちは叱るどころか褒めるべきだな。」


「バカ親って呼んでいいですか?」


 アルバートルの茶々は無視した。

 俺が集中すべきは子供達が対峙している招かれざる客の方だ。


 鍬などの農具を武器に持ったただの農民が西の森をどうやって多勢で抜けて来たのだろうかと目を凝らせば、農民達の後ろには馬に乗った鎧兜の騎士達が長い槍を農民に向けていた。


 引けば殺すという脅しか。


 では、我が領土に押し寄せた招かれざる武力を破壊するべきだと、農民を追い立てる騎士こそを排除しようと魔法を唱えかけたが、農民達の顔つきで俺は考えを改めた。

 彼らには怯えなど無く、それどころか、これこそ自分たちの望みであり意志であるという熱に浮かされた様な表情なのだ。

 誰かをギロチンにあげなければ止まらないという、狂気に満ちた顔つきだ。


「出ていけ!ここは人間の土地だ!」

 黒竜の領土に侵入してきた人間の一人が、狼族へと声を荒げた。


「そうだ出ていけ!狼は家畜を食い、人里を荒らして物を盗む。出ていけ!」

「お前達はここにはいらない!」


 誰かが石を投げ、それにつられて誰かが石を投げ、雨粒のようにバラバラと石は狼族の村に向かって降り注ぐ。


「皆の者!あれを見よ。あの化け物の上にいる女を見よ。あれこそ魔女だ。あの世とこの世の悪鬼を呼び寄せ、黒竜に身を売った淫売だ。」


 俺の最初の犠牲者となり得る宣言をした男は、高位を現す赤い衣に四角い台座に大きなスクエアカットの宝玉をいくつも飾っている首飾りを首からぶら下げた、ガルバントリウムの司祭らしき剥げ頭の中年男であった。


 彼は真っ白な馬に金色の紐で装飾された大仰な屋根付きの椅子のような鞍を乗せ、まるで社の中の地蔵のように納まっていた。

 全ての指に輝く宝石のついた指輪を嵌めたその男は、鳥の羽で作られた大きなうちわをノーラへと向けた。


「我が聖騎士のスクロペトゥム隊。あの女を撃ち落とせ!魔女を殺せ!」


 農民達の隙間から白いチュニック姿をした男達が飛び出て、彼等は一斉にライフルをノーラに向かって構えた。

 俺は全員を最大の突風で跳ね飛ばそうとして、する必要が無かった。


 空から黒い羽を生やした男二人が落ちてきて、一人は中空を舞いながら正確にライフルを構えた男達を撃ち殺していき、そして剣を構えたもう一人は司祭の鞍の屋根そのものに落ちたのだ。

 フェールの剣は屋根を打ち払い、だが、返した剣で司祭の首筋までも切り払うその一瞬でその剣を止めた。


「アウトだよ。じいさん!」

 敵の陣営の真っただ中でありながら、フェールは勝利の声を上げた。


 それに呼応するように、農民達に向けられていた槍は一斉にフェールへと掲げられた。

 しかし、そんな状況で静かで低い女の声がその男達の次の動きを制した。


「勝負はつきました。兵を引かせなさい。農民たちも家に帰しなさい。あなたが私という魔女を殺すために殉死したいのならば一人で死ねばいい。私はここにいるガルバントリウムの人達、誰に対しても情はありません。帰らないのならば一人残らず地面のシミにするだけです。」


 凛としたノーラの声に俺は惚れ惚れするだけだ。

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