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増え続ける義務と仕事

 結婚前は俺は引きこもりであった。


 領主様でもあるので事が起こるまで城から出ない、というだけだった話だ。

 しかし結婚後は、領地の差配人である妻に行ってらっしゃいをして見送るだけでなく、妻の運転する電動自動車に乗って朝の領地巡りで領民たちにご挨拶、というオプションが勝手に追加されていた。


 俺は城で領民の為に蚕の世話をしたり、オートメーションの紡績機械を動かしてシルクやウールの布地を生産管理もしていたのだが、表に出なければそんな苦労など誰も知ってはくれなかったのだと強制挨拶巡りで理解した。


「ご結婚されてから、ダグド様が領地にも関心を示されるようになられて、とても嬉しい思いです!」

 と、口々に言われるとはなんたることだ!


 俺は日々、この領地の為に身を粉にして城の中で働いていたんだよ!

 魔法だ、完全オートメーションだって言ってもよ、品質管理には人の目が絶対に必要なんだよ!


 あぁ!鶴のように飛んで逃げれればいいのに!


「あなた、車を止めますよ。」

「今度は誰だい?」

 エレノーラの含み笑いを聞きながら車窓から外を覗くと、元は背が高く体格も良かっただろう老人が俺に向けて深々と頭を下げた。

「おはよう。ジェド。」

「お早うございます。ダグド様に毎朝ご挨拶できるのは本当にありがたい事です。それで、あの。」

 ジェドは言い淀むと、俺に申し訳なさそうに頭を掻いた。


 俺は相談事なのだろうと合点し、エレノーラに車を動かしてと指でサインをしたが、彼女は俺の膝に自分の膝をぶつけた。

 恐らくも何も、話を聞け、だ。

 ここ一か月、俺は朝の挨拶という名の領民相談室のお兄さんとなっている。


「どうしたんだい?悩み事かな。」

「この間、娘夫婦が俺を訪ねてきましてね、親を捨てといて今更ですけんど、俺の暮らしが羨ましいと、あの、ここに住みたいと言い出しまして。あの。」


 彼は関節が固くなっていく病気を患い畑仕事が出来なくなったからと、痩せた羊一頭を片手に俺への生贄志願で領地にやって来た。

 羊の名前はドリーという名前でまだ生娘ですと、自分一人じゃ生贄として物足りないだろうから連れてきましたと語った男で、俺はプラカードに合格と書いて翳したいくらいに気に入って受け入れた御仁である。


 まぁ、気に入らなくとも行き場のない人間は取りあえず受け入れるが。


 俺の領地の住人達は生贄や姥捨てで流れて来た人たちばかりなので、城門が害意が無い人間だと門を開いた人間に対して追い返しはしないのである。


 だが、絶対に何か仕事を与えるという怖い所でもあるのだ。


 ラスボス対応可能な戦力をも持つアルバートル隊でさえ、保安部隊という役割を領民に認識されるまではごく潰し扱いという辛酸をなめたのである。

 よってジェドは普通だったら隠居する年齢でありながら、羊の病気に詳しいからと、羊専門の獣医のようなことをさせられている。

 そして、ジェドの相談と同じ相談を、俺はこの一か月毎日のように領民から聞かされているのだ。


「また、か。君に一応聞くけど、君の娘さん夫婦も通商云たらから土地の売買を持ち掛けられているのではないのかな。」


「えぇ、その通りでございます。あの通商云たらから街道を作るから畑を買いたいという申し出も受けているらしいんですよ。そんで、そのお金を持ってダグド様のこの領地に受け入れてもらえないんだろうかって。」


 これも同じ理由だ。

 ただし、俺に相談を持ち掛けた領民の以前の故郷は今までは一応は街道を通すとして一直線上にありそうな位置だった。

 ジェドの家だけはそれらとはかなり外れた位置となる上に、街道を新たに作る意味が解らない場所である。


「あれ?君がいた村は近くに街道があったのではないかな。」


「はい。ダグド様。ですが、その街道が最近ゴブリンの出現が多くなったらしくて、新しい街道を作るからと。何人も立ち退きを迫られているそうです。」


 ジェドが語った故郷のランダルは、俺の領地を富士山とすると静岡と神奈川の県境ぐらいにあり、ガルバントリウムという教会勢力内の一村である。

 俺と教会、そして通商云たらは、表面上は仲良くしているが一方的に俺はこの二つの勢力を嫌っており、彼らも俺と同じぐらい俺を嫌い、ダグド領の制圧を夢見ているふしもある。


 俺の領地で行っている紡績や無機野菜工場は、他国が欲しくて堪らない技術であるが、その技術を移転できないのはどこの国にも電気が無い、からだ。


 生活様式が中世のヨーロッパでしか無いこの世界なのだから、電気が通じて近代的な生活ができる俺の領土を丸ごと欲しいと望むのは、何ら不思議な事ではない。

 彼らが俺の領地を欲しがっているのはそういう理由だが、彼らが実行に移さないのは、欲しいから奪いに行くでは、奪った後に自分達も同じ目に遭っても構わないと言っているも同じだからだ。

 よって、いつの世も、戦争行為という強盗に遭う被害者側から宣戦布告をしてもらえるように、とりあえず被害予定国には嫌がらせ行為が始まる。


 経済封鎖が一番だが、それを使うには経済封鎖をしても良い程の悪い国だというレッテルも必要で、手っ取り早いのが大量の困った人を送り込む、だ。

 受け入れの拒否をしたら、非人道者だと責めて経済封鎖に持ち込める。


 つまり、ジェドの村で起きた地上げ話を意地悪く見直すと、ゴブリンの襲撃など聞いた事もない俺には、街道話そのものが通商云たらが俺の領土に大量の移民を放り込むことが狙いの嘘ではないかと推測できるのだ。


「そういえば、ジェドも教会の教えを受けていた人だったよね。娘さん達もここに来れば、それは教会への裏切りにならないかい?」


 俺に対して頭ばかり下げていた四角い厳つい顔をした老人は、初めてその外見に見合った豪快な笑い声をあげた。


「ワッハハ。俺は今やダグド様教ですけどね。俺の身体が固くなる病気に、司祭様は信心が足りないからだとおっしゃって、娘夫婦も俺の病気のせいでうつるとか不信心者の家族だと言われるようになったので、俺はここに来ました。それで俺が幸せに素晴らしい生活をしているんで、娘も教会の教えを放り出すんだと言っていました。」


「そのことは娘さんたちは外に言ってないよね。」


 俺は教会が不老長寿の薬の為にデミヒューマンの子供達を殺しているという暗部も知り、数か月前に教会に喧嘩を売ったばかりでもある。

 我が家のにろにろ姉妹は、薬の材料として教会に誘拐されていた被害者だ。


「えぇ。それほど馬鹿じゃないと思いますけれど……。」

「そう、では、とりあえず娘さん夫婦はこっちに呼んだ方が良いかな。土地の代金についてはうちの会計担当に見てもらってから答えを出させるか。」


「ダグド様。家族がここに来たい、という話がよくありますけれども、大体は城門に阻まれるのですよ。ですからジェドも、もし娘さんがここの城門をくぐれなかった場合も考えて下さい。ここを出て家族と暮らすか、ここに残って家族と訣別するか、その選択を迫られる可能性もありますのよ。」


「ダグド様の許可を貰っても駄目かね。」


「俺の許可だったら、第一の城門から先に誰も入ることは出来ないよ。今のこの住人があるのは、城門が人々を受け入れるか勝手に決めているからだね。」


「そうですか。娘はそれで城内に入れなかったのですね。」


 俺は彼には言わなかったが、城門が人を選別する基準は、ダグド領に害意があるか無いか、それだけである。

 捨てた筈の家族への再接触は、通商云たらの差し金なのか、あるいは、俺を異教の悪竜として名指ししているガルバントリウムによるものなのか。

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