妻と子とアルバートル
城の地下のボイラ室では、俺の肉体を材料にして作り上げられた地熱発電機、さらに水素発電機が墓石のようにずらりと立ち並んでいる。
アルバートルはボイラ室に一歩足を踏み入れて、そして理解できないという顔で周囲を見回して、この俺と目を合わせる羽目にとなった。
彼は自分の行動を俺に謝るどころか、俺に皮肉そうに顔を歪めただけだ。
「俺は信用されていなかったのですね。」
「こんな心臓部にまで招いておいてか?」
「俺を見張っているではないですか。俺がただ一人になりたいと思っていると考えませんでしたか?」
「だったら、いくらでも一人ぼっちになれる広場に戻れよ。ここは俺の家だ。」
これには彼は何も答えず、別の言葉だけを返して来た。
「あなたは俺を騙していたんだ。ここには爆発物など無い。」
アルバートルの言葉に、そういえばこの世界はヨーロッパの中世ぐらいだったなぁと、俺は久々に思い出した。
恐らく、時計の中身のような巨大歯車がぐるぐると回って絶えず機械音を振りまいている環境と彼は考えていたのだろうが、ここは俺の前世の発電制御システムにダグドの肉体と魔法添加をして作り上げた場所でしかない。
というか、魔法や時代など関係なしに、音が漏れる程度の防御壁では水素爆弾ほどの威力を押さえられないのであるからして、俺達のいるここは殆ど無音の世界と言ってもよい。
「君の目の前のもの、それが全部眠れる爆弾だよ。」
彼は俺から顔を背けると、巨大で灰色のタンクにしか見えないだろう発電機、彼のすぐ目の前にある一機を見上げた。
「これが?爆発ですか?完全に完璧な調和がとれていますよ。永久に俺には理解できないエネルギーを作り出していけそうな機械だ。」
「違うね。発電機っていうものはね、どれだけ制御できるかってものでしかないんだ。作り出したエネルギーでどれだけタービンを回せるかって単純なものだけどね、作り出すエネルギーが大きければ大きい程に大きな電気エネルギーを手に入れられる。この灰色の巨大な中で、小さな村を破壊できそうなほどの爆発が起きている。正常に動いている今は、制御されているから安全なものでしかない。だから、君には壊れそうにない機械に見える。」
「本当に爆発するのですか?」
「あぁ、制御が出来なければ、すぐにでも。火山の地熱エネルギーを使って第一の電気を作り出し、その電気を使って水を電気分解して水素を取り出している。その水素を爆発させて領土全体に回す電気を作り出しているんだ。君達の欲しがっている電気自動車も水素を使っている。」
「水素、とは?」
「水の素であり、一瞬で全てを焼き払えるほどのエネルギーの素だ。俺が死ねばここに大きな爆発が起きてみんなが死ぬのというのはね、制御を失ったこの発電機たちが水素爆発を起こすってことだ。ダグド領は火山そのものだ。ここが噴火をすれば連動して世界中の火山も噴火するだろう。この領土だけでなく世界を巻き込んだ未曽有の大災害だ。」
「まさか。本当に。嘘ではなく。」
俺は青い顔になったアルバートルに頷き、だが、彼と本当に話したかった、いや、今回の一件、シロロによってビクトールの子供が作られた事について彼に俺が言ってやりたかったことがあったと口を開いた。
「君が死んだ子供の為に命を失うつもりだったら許さない。」
「――しませんよ。俺は最低な男です。名前を上げるためには有力者のすすめた結婚だって承諾します。その相手が、有力者の愛人でしかなかったとしてもね。」
彼はそう言って俺から今度は完全に背を向けた。
俺は彼の背中を眺めながら、彼には俺の砂色のツナギが全く似合わないと考えていた。
「俺の城に来るときは軍服を着ろよ。俺だって偉い奴なんだからさ、正装して会いに来て欲しいね。あるいは私服でも着飾っての盛装とかね。」
「……俺にどうして子供を預けようとしたのですか?」
「俺のお兄さんだから。家族に子供の子守を投げるのは普通だろ。」
「ハハハ。俺がディーンを、生まれたばかりの子供さえ抱けなかったというのに。子守ですか?他人の子供など抱きたくないと前線に出掛け、戻ってきたら親子ともども流感で死んでいて喜んだ、というろくでもない男ですよ、俺は。俺は赤んぼうの、全くの罪もないあの子を抱いてやりもしなかったんですよ。死んだあの子は、洗礼前だからと、人と認められないと、教会の土地の外の空き地に埋められてしまったというのにね。俺は、あの子を。あの子を。」
「君は妻を愛していたんだ。裏切りと取るぐらいに。」
「ハハ、あなたは本当に純粋だ。俺からの愛はありません。あれは従順なだけで、世界は教会の教えしかない女でした。司祭に体を任すのも、それが神様の教えだからと教わったから、です。けれど、俺と結婚したらそれが嫌だと思うようになったそうですよ。あいつの残した日記によりますとね。愛していれば慰めにもなっただろう告白ですけどね、俺はその日記さえ疎ましいと、暖炉で燃やしてしまいました。知りたくは無いでしょう。俺を愛していました。ディーンは本当に俺の子供でした。なんて告白はね。彼らを見捨てた俺には知りたくなんてない事実ですよ!」
俺はアルバートルの告白をただ黙って聞いていた。
彼の鬱屈した思いこそ、この水素爆発と一緒に昇華出来たらと思いながら。
アルバートル隊でただ一人、教皇イグナンテスの死の呪いを受けたのが彼だけだったのは、彼こそ神の罰を望んでいたからなのかもしれない。




