世界の言葉を合図にしよう
「さぁ、今すぐアスランを迎えに行こうか。」
俺の座る王座の後ろに控えていた兵士が、俺の言葉にすっと姿を現した。
真っ黒の軍服を着こんだ男は長身で体格がよく、そして、金色に輝く美しい髪を後ろで一つに縛っている。
瞳も髪色と同じ金色だ。
俺よりも神々しく、そこらの美女達よりも美しい男は、静かな声で部隊の状況報告をし始めた。
「アルバートルはフェリテア上空で待機中です。そして、兵は既に出ております。ダグド様。それにしても、城にこんな場所があったのですね。」
ティターヌが赤い絨毯が引かれただけの、殺風景だが荘厳な王の間を見回した。
「なに。速攻で作り上げただけだ。だが、今後も脅しの場としては使えそうだね。」
「結婚式には最適ですよ。領民全員を収容できます。」
「俺は民を城に入れたく無いんだ。」
「どうしてですか?」
「昔はこの城で俺が生贄を喰らっていたからだよ。どうして今の俺の人格が目覚めたのか知らないけれど、ここは目覚めて罪を知った俺が自分を保つためのね、罪を償う牢獄でもあるんだ。」
「エレノーラさんはそのことは?」
「全部話した。初夜に俺に喰われる可能性も伝えてある。それでも俺の妻になりたいのだそうだ。」
「俺もあなたに愛されるのならば、あなたと牢獄に堕とされても幸せです。」
「ありがとう。ティターヌ。さて、仕事に戻ろうか。」
俺は指を鳴らし、俺とティターヌをアルバートル隊の会議室へと移動させた。
そこには大小三つのスクリーンがあり、そこには映画のようにしてアルバートル達の姿が映し出されていた。
「状況はどうかな。約束地点にアスランを差し出す様子はあるか?」
一つのスクリーンが切り替わり、画面に苦虫を噛み潰したような顔をしたアルバートルでいっぱいになった。
「アスランさんは薬で眠らされた状態で引き渡されました。エランとデレクがその介抱と引受で下にいます。彼は目覚めますか?」
「絶対に目覚めさせる。それから、あの黒煙はどうした?」
アルバートルが映る背景、フェリテア上空に黒々とした黒煙がたなびいているのである。
「処刑です。狼族の処刑だそうです。まだ殺されても燃やされてもいませんが、あの黒煙、掘った穴に獣脂と薪を投げ込んで作り出した業火によるものです。あそこに銃殺した死体を次々投げ捨てるつもりらしいですよ。」
アルバートルには大体を見通せる完璧なサーチアイスキルがあるが、シロロに与えられた百鬼眼システムというものまである。
それは衛星が地上を見下ろすが如くの能力であるが、そのために彼は見なくてもよい悲劇を目にしているのでは無いのだろうか。
「どうしてここで惨劇を見守らないといけないのです!」
「俺が侵略行為という虐殺のそしりをお前達に受けさせたくないからだよ。」
「ですが!こんな状況を見守るぐらいなら、俺はどんなそしりも受けますよ。今すぐ街に突入させてください。」
「俺が嫌だって言ってんだろうが。計画は散々話し合っただろ。処刑だっても想定通りだっただろ、大丈夫だ。まだ虐殺は起こされていない。シロロはいるか。」
もう一つのスクリーンに天使の顔をした悪魔が映った。
彼は俺に命令されることに、待ちきれないほどの喜びを見せている。
「はい。はい!いますいます!」
「よし。フェリテアからフェンリル狼を逃がすぞ作戦開始だ。できるか?」
「はあい!」
シロロががしっと両手の指を組んだ時、画面のアルバートルが俺に見せていた正面顔でなく側頭部を見せた。
「な、なんですか、あれは。混乱させるって聞いていましたが、あれで、ですか?」
もう一つのスクリーンにアルバートルの見えたものを映すと、ティターヌはぶっと吹き出した。
フェリテアの上空には水蒸気によって大きな水晶玉のようなものが出来上がり、そこには音楽室にいる俺の乙女隊が映し出されているのである。
どこに出しても自慢できる垂涎ものの美女たちが着飾り、そしてそれだけでなく、リリアナの伴奏に乗せて彼女達は一斉にメロディを紡ぎ出したのだ。
リリアナが作曲した数々のメロディのなかの一曲であるが、これはロシア民謡のカチューシャに似ていて、俺の大のお気に入りの一つでもある。
「悪いお父さんですね。娘を餌にしている。」
「はは。彼女達のメロディで悪心を消せればいいね。誰も誰かを閉じ込めたり、誰かを傷付けようと考えない、そんな世界が作り出せるのかの実験だ。」
「そうやって娘を誑し込んだのですね。娘の歌声を秘密行動の音消しに使うとは、本当に悪いお父さんだ。」
俺はティターヌに笑って見せたが、彼女達の歌が俺に捧げられるのであれば乙女の斉唱という攻撃補助魔法となる。
これを受けた者は思考力を鈍らせ、自分の思っていない行動に出る。
例えば、牢の鍵を開けてしまう、とか。
また、シロロの作り出した幻影が合図となり、先に潜伏させていた特殊部隊、カイユーとフェールに、そして、ビクトールが狼族解放のために動き出すのだ。
フェリテアの外にアルバートルとイヴォアールを待機させているのは、逃げて来た狼族を輸送機に乗せ上げて救出するためである。
俺はそしり云々とも言ったが、どんなに勇猛果敢な兵士でも多勢に無勢では自殺行為に他ならない。
では、安全な上空からの一方的な殺戮はどうかと言えば、それこそ俺が彼らにさせたくない事だ。




