蜂蜜色のメロディ
取りあえず、デレクの妻のデズデモーナが戻って来たので俺達はデレクに暇を告げ、別の会議場にビクトールを引っ張って行くことにした。
シロロ達の台所襲撃の跡をデズデモーナに問われる前に逃げたというのが正しいが、俺達と一緒に逃げたいはずのデレクを置いて来たので大丈夫だろう。
「どこに行きます?」
「リリアナの音楽室。」
「エレノーラの執務室ではないのですか?」
「お前達にエレノーラの電気自動車が盗まれそうだからな。」
「あ、その手があったか!」
「わざとらしいぞ、カイユー!」
夕ご飯を作り始める時刻にはリリアナはいないと踏んでの彼女の音楽室入りだったが、彼女はパイプオルガンの前に座って何か考え事をしている様子だった。
音楽室と言っても聴衆席のあるそこは教会の礼拝堂のような造りであり、天井近くにある窓は色とりどりのステンドグラスが嵌っている。
そんな世界で腰まである蜂蜜色の巻き毛が女性らしい体を覆って輝いているというリリアナの姿は絵画そのものであり、おっとりとした外見と仕草を持つ彼女はゼウスが白鳥になって恋を語りそうなほどの美女だと、俺は素晴らしい彼女の光景にほうっと溜息までも漏れていた。
「ごめん。邪魔だった、かな?」
リリアナはぱあっと表情を明るくすると、絶対に俺を逃がさない決意を顔に浮かべた。
「ダグド様ならいつでも歓迎です。まぁ、こんなにお客様も連れてきてくださって、どうぞどうぞ。あら、シロロちゃんはキャンディをいかが?砂糖漬けのスミレもあるわよ。」
「もちろん、むぐぐ。」
俺はシロロの口を封じていた。
「いいよ、お菓子は。シロロとそこの若造二人はデレクの家のお菓子を喰いつくして来たばかりだ。」
「まあ。」
「それよりも、どうしたの。なんだかぼんやりしていて、悩み事か?」
フェールが俺達には絶対かけない言葉だと呟いたが、領地に押しかけ青年隊と俺の娘同然に育ててきた乙女隊の扱いが違うのは当たり前だ。
「ええ。ちょっと。」
「どうしたの。何かあったの?」
「いえ、あの、音で悩んでいて。あの、エレ姐の結婚式で弾くメロディに。」
うわぁ、俺の結婚式でもあるね。
「そうか。それじゃあ、俺は聞かない方がいいのかな?かな?」
「あら、いいえ。ダグド様が気に入ったメロディの方がエレ姐が喜びます。聞いてくださいます?そしてどちらが良いか決めてくださいます?」
俺は娘の望みをかなえるしかない。
どんどん先送りされているビクトールには申し訳ないが、俺にも生活というものがあるのである。
「いいよ。」
「まぁ、ありがとうございます。」
リリアナはおっとりさをかなぐり捨ててすぐにパイプオルガンに向かい、すぐに悩んでいるというフレーズを二回弾いたが、俺に判断は出来なかった。
どちらがいいかというよりも、どちらがどう違うのかわからなかったのだ。
「あの、ダグド、さま?」
「うん、そうだね。俺は君の好きな方が良いと思った。君の好きなメロディこそ至高だと思わないか。」
「いや、最初です。最初のメロディで無いといけない!」
畜生、狼め。
「まぁ、ダグド様、この方は?」
俺はアルバートルに合図してビクトールを解放させると、彼をリリアナの前に出した。
「アスランのお友達で俺の領地にやって来た人だ。」
「まぁ、怪我だらけではないですか。大丈夫ですの?」
「あぁ、これは。」
「大丈夫です。それよりも、先程のメロディで、曲の全てを聞かせてくれませんか?駄目ですか?」
「まぁ、よろしくてよ。」
リリアナはオルガンに向かい直し、そして、彼女の弾く音色に涙を零す狼族の青年の姿に、俺は彼の願いを叶えてしまいそうだと歯噛みをした。
クエストの内容も狼族の殲滅だったはずだ。
シロロが魔王になった世界においても、彼ら狼族が存在する場所が無いではないか、と。




