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愛する者が死んだ時、そこですべてが終わる

 領地にアルバートル達が生きて戻って来れたのだが、森でイヴォアールが一生走れないと口走っていた通り、彼の足は使い物にならない状態となっていた。


 寄生樹が貫いた左足は穿たれた穴だけではなく、寄生樹の種が芽生えて出来たトゲが内部から次々と生えてもいるのである。


 足の切断を決断するべきところで、俺もアルバートルも決断できなかった。


 いや、もう無理だと断念したが正しい。


 マスクや手袋を外してみれば、イヴォアールの手のひらや頬にまで、それの芽だと確信できるようなものが生え始めてもいたのである。


「うわぁあああああ。イヴォアール!」


 茫然と立ちつくす俺とアルバートルを押しのけて、地面に横たわるイヴォアールに抱きついたのはモニークだった。

 しかし、彼女は縋りついた男によって突き飛ばされた。


「ばか、離れろ。お前もうつるぞ。」

「いい。それでもいい。あたしは一緒にいる。あたしはあなたと一緒にいる。」


 モニークは再びイヴォアールに縋りつき、俺はモニークを引き剥がすべきだと思いながらも動く事が出来なかった。

 俺の左腕はエレノーラが絡めて来た右腕で拘束されているのだ。

 彼女の目は、モニークを好きにさせろと言っていた。


「ダグド様!こいつを離してくれ。モニーク、俺に触るんじゃない。俺をこれ以上苦しめないでくれ!頼むから。離れてくれ。お前の不幸が俺のせいだと知りながら死にたくはない。頼む!ダグド様!」

「あたしは幸せだもの!あなたが一緒にいてくれるなら幸せだもの。あたしにあなたと同じ棘が出来たら、あなたはあたしが嫌いになるの?あなたは綺麗なあたししか好きじゃないの?」


「そうじゃない!そうじゃないんだ!」


 イヴォアールの絞り出した悲痛な声を聞いた事で、俺はようやくエレノーラの腕を払って動き、モニークをイヴォアールから引き剥がした。


「ダグド様!」


「モニーク。お前が棘だらけになっても、イヴォアールはお前が好きだよ。でもね、お前を傷つける事を絶対にしたくない彼の気持ちを大事にしてやって。辛いんだよ、本当に。守るべき大事な人間を自分が壊してしまったという事実はね。」


 俺はモニークを後ろに放ると、イヴォアールの前に腰を下ろして横たわる彼を抱きしめた。


「ダグド、さま。俺に止めをお願いします。」

「しっ。お前はまだ動けるんだろ。それならあと一戦俺に付き合え。」

「ダグド、さま?」

「ここにね、とっても禍々しくて大きなものが近づいて来ているんだよ。俺には勝てる気がしない、それはもう禍々しいものがね。」

「はは。やりますよ。それこそいい死に方だ。」


 俺の言葉で俺の後ろに立っていたエレノーラとモニークがひぃっと息をのんだような叫びをあげ、俺の腕の中のイヴォアールは最後の力を振り絞って体を起こし、俺は彼を支えたまま一緒に立ち上がった。

 剣を抜いたイヴォアールはニヤリと笑みを顔に浮かべ、俺はそんな彼に微笑み返し、そして、俺と同じものが見えているアルバートルには、エレノーラ達を連れて領内に入れと命令を下した。


「俺こそここで守りに入りますよ。」


「いいや。俺が死んだらここで大爆発が起きる。一応は地下シェルターは作ってあるからね、そこに領民全員を誘導してくれ。エレノーラには全部教えてある。そして、その後は君が領民を守るんだ。いいね。アルバートル。」


 俺に縋りついて来たのは、エレノーラだ。

 俺の右側に子供のようにしがみ付いて、空よりも青い瞳を涙で潤ませて、俺を見上げる彼女の目は後悔しかない。


「どうしたの、そんな目をして。君にはいつもひまわりのようにいてもらわないと、この俺が辛いじゃないか。」


「わ、わたくしは、昨夜の事が後悔でいっぱいです!」


「うん。そうだね。馬鹿なシロロやアルバートルの甘言に乗せられちゃったね。」


「違います!わたくしがダグド様のベッドに入らなかった事です!嫌われたくないからって、臆病な私は逃げてしまっただけです!あな、あなたとお別れになるのでしたら、あな、あなたに食べられてしまった方が良かった。」


 俺は大きく溜息を吐いた。


 そうして空を見上げて、青い青い空が大好きな俺が、青い青い空みたいな瞳で俺を慈しみ、空みたいに何でも俺を許す広い心を持ったエレノーラを俺がどうしても受け入れられない理由を彼女に伝えるしかないと心に決めた。


 これが最後の言葉になるかもしれないのだ。


「君が死んだら、俺はそこで終わりなんだよ。愛する女を喰ってしまったら、俺は自分を破壊するしかなくなる。この世界の終わりだ。」


 しかし、俺の告白に対してエレノーラがどんな表情をしたのかわからない。

 彼女は俺の告白を聞くや俺の顔を掴んで口づけ、そして、勢いよく俺を突き飛ばすと城門へと走っていったのだ。


 よろめいた俺を支えてくれたのはイヴォアールだった。


 茫然としているのはアルバートルだ。


 彼は俺の告白に俺への同情やらそんな憐憫などを抱いた顔を見せたのだが、自分の妹の力強い行動にあからさまに目を丸くして戸惑っていたのである。


「えっと、あの、ダグド、様?」

「兄さん!アルバートル!さっさと来なさい!急いで領民を避難させます。それから兄さんに全部任せますから、脳みそをちゃんと動かしてくださいね。」

「ひどい妹だ。」


 彼は溜息混じりの声で呟くと軽く首を振り、それから妹の後へと歩いて行った。

 俺は彼の後ろ姿に謝るしかない。


「すまない。アルバートル。エレノーラは領民の避難が終わればここに戻って来て、この俺と心中するつもりだ。余計な事を言ってしまった。」


 彼は足を止め、俺に振り向きもせずに、仕方がありません、と言った。


「あんなに幸せそうな顔をしたあいつは初めてだ。死ぬなって止められない。」

 彼はそう云い捨てると、そのままエレノーラの元へと走っていった。


 俺は大きく溜息を吐いて、今度はイヴォアールにすまないと言った。


 この場に残っているモニークとエランにも領内に入れと命令するべきなのに、俺は彼らに何も言えないのだ。

 モニークは愛する男と死ぬつもりで、エランは、ええと、エランは、どうして残るのだ。


「おい、エラン。お前は領内に戻れよ。領民の避難を手伝え。」


「俺も戦いますよ。大体、あなたが死んだらシロロ様が魔王化するのでしょう。嫌ですよ。魔王化したシロロ様と戦うくらいならば、ここで死にます。」


 緑がかった宝石のような青い瞳を持つ元司祭見習いの男は意外と後ろ向きな考えをする男でもあったが、俺が忘れていたフラグを思い出させた。


「畜生、俺にはシロロがいたじゃないか!」

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