黒髪のシェーラとピグミーグール、そして黒竜
振り向いた背後には、俺達の昼食を運んできたシェーラが震えており、彼女の脅え方は俺の生贄に捨てられたばかりの頃を思い出させた。
しかし、彼女はその頃から十年近くは経っている。
大きく息を吸うと、ぐっと奥歯を噛みしめ、そして、震えながらも俺達が見ていた大きなスクリーンの前へと進んだのだ。
「シェーラ。やっぱりあれはお前の村を襲った化け物か?」
彼女はこくりと頷いた。
黒い瞳に黒髪の彼女はアジア人的な顔立ちともいえるが、平均よりも彫りが深く頬骨がしっかりとあるので、俺は彼女を心の中で勝手に木蓮さんと呼んでいる。
大昔の中国で、男装して戦っていたという女の子の名前だ。
そんな綺麗な彼女だが、彼女自身は自分の外見をあまり好んではいない。
他の乙女隊の仲間がカラフルな色合いをしているから自分を地味だと思うのか、あまり笑わず、常に意地悪そうに顎を上げている。
凛としていると言えればいいが、俺には彼女が零れそうになる涙を堪えているようにしか見えないのだ。
しかし、今の彼女は、凛としている所ではない。
憎い仇を見つけた復讐鬼のような瞳で、映像の中でアルバートル達に撃ち殺され、あるいは、切り払われている小さな悪鬼をじっと睨んでいるのである。
「アルバートルさん。イヴォアールさん。そいつらの槍は卵の注入器です。刺されたらそこから彼らが生まれます。絶対に怪我をしないで。」
俺達はもたらされた新たな情報に生理的嫌悪感を抱きながら、了解と低い声で答えていた。
するとシェーラは気が済んだのか、すいっと踵を返して、落として駄目にした俺達の昼食への片づけをし始めた。
「いいよ。シェーラ、そのままで。それよりも君はここに一緒に座って、あのピグミーグールの対処法を一緒に考えてくれない?」
「でも、ご飯が。」
俺は指を鳴らして、落ちた食事を城の台所の流しに瞬間移動させた。
「ダグド様。そんなことが出来たのなら、私達がご飯をエレベーターに乗せる必要は無かったのでは?」
「そんなことは無いよ。君達のお手紙付きはごちそうだからね。さぁ、座った。百戦錬磨のアルバートル様に命令を下せるチャンスは今しかないよ。」
スクリーンからアルバートルの大きな舌打ちが聞こえ、俺達は笑い、シェーラは青い顔をしながら俺の隣、会議机を挟んでティターヌの前に座った。
俺は一番偉い事になっているので、一応は誕生席だ。
仲間外れの端っこ席になる時もあるが。
「ダグド様はどうして魔法を使われないのですか?」
シェーラはすぐに状況に対しての疑問を口にした。
俺は彼女のこういう無駄の無い所が大好きだ。
「使えないからだよ。不思議だね。水脈はダグドのものだからと木々のいくつかには命令できるが、全く使えない木の方が多い。そして、木よりも水を吸っている筈の土が全然だ。あの森は何がどうなっているのやら。」
「西の森は寄生生物の森だって父さんが言っていました。だから、じゃないでしょうか。」
「父さん?君のお父さんはどんな人だったの?」
「あの、生物学者です。寄生生物専門の。」
「寄生生物?」
「はい。あの、ダグド様が名付けたピグミーグールたちも研究対象でした。彼らは人に寄生することでしか増えることができません。あの姿、喰った人間の姿です。卵を産み付けると、そこに自分とそっくりな小さな顔が出来上がります。その顔がどんどん増えて、どんどん喋るようになって、それで寄生された人が眠れなくなって弱って死ぬと、死体の肉を使って体を作って逃げていくのです。」
俺は立ちあがってアルバートルに叫んだ。
「アルバートル!新しい武器を渡す。武器の再装填をしろ!」
「寝ころんだままでいいですか?顔を上げたらイヴォアールに首を撥ねられる。」
「そのままでいいよ。仕様はショットガンのようなものだ。」
作ったはいいが、封印していた武器の一つでもある。
アルバートルはグロブス召喚をし直して、俺の与えた武器に軽く片眉を上げただけだったが、引き金を引いた後はぐったりとシートに伏せたままとなった。
それもそうだろう。
彼が撃った一撃で、黒い絨毯が炎の赤い絨毯へと様変わりしたのだ。
俺がこの武器を封印したのは、グレネードランチャーが嫌いだというよりも、焼夷弾の威力が好きではないのだ。
生あるものを生ある姿のまま炎に巻く。
これこそが、かって破壊竜と呼ばれたダグドが犠牲者に吐いていた吐息の威力そのものなのだから。
そして、アルバートルが放った一撃の結果は、彼ではなく、俺こそが受け持つべきものであるはずなのだ。
「――アルバートル。ありがとう。」
うつぶせのままのアルバートルが、唸るようにして俺に言葉を返した。
「もっと感謝してくださいよ。」
「すまない。」
「っとに。もっと早く出せって感じです。」
「えぇ?君は縛りプレイが好きだったんじゃないの?」
アルバートルは大きな舌打ちをし、シェーラは小さくクスッと笑った。
俺は自分の罪悪感を軽くしてくれた男に感謝しかない。




