西には悪魔の森があり、そのずっと先の海には魔王がいた
黒竜号は既に西の森の圏内になる水脈に入っており、未知の乗り物に驚くイルカサイズの魚を何匹も水面で跳ねさせていた。
そして、西の森は毒の森とも呼ばれている点から、俺はウルシなどの植生があると見做して、アルバートル達には手袋とマスクとゴーグルの着用を義務付けた。
小型ホバークラフトに乗る迷彩の三人は、俺の前世の世界だったらどこかのゲリラか特殊部隊にしか見えない怪しさだ。
あ、あいつらはそういえば俺の特殊部隊員だった。
さて、ホバークラフトというものは、水面から数センチを飛ぶという水面の抵抗を受けない走行の為か船には揺れも無く、しかも抵抗がないためスピードがかなり出るというものだ。
アルバートル達には未知のものだったが、サーチアイスキルが完璧な男は操縦に関して戸惑うことなくすぐに制御を覚え、今では操縦席でゴーカートに初めて乗った子供のような歓声を上げていた。
まぁ、推進用プロペラやらやスカート部分を膨らませる送風なんやらが煩い乗り物なので、会話が大声になってしまうという難点があるのだが。
「いいですよ、これ。ダグド様!水の上だけっていうのは残念ですが、これで川を全部下ってカイユー達がいるフェレッカ迄行きたいですね。」
アルバートルの本来の目的を忘れた無責任な言葉に、乗り物に酔わなかったと笑顔になったエランが答えた。
「そうですね、団長。彼らは旗移動でフェレッカに行っただけですものね。この船の事を知ったらきっと羨ましがりますよ。」
俺の領地との間に西の森があって行き来を阻まれていたフェレッカという港町は、いまやダグド領と兄弟都市ぐらいの仲の良さとなり、互いの住民が旗で行き来が出来る様になっている。
フェレッカの町にはダグドの旗が、ダグドの領地にはフェレッカの旗がはためいているのだ。
この世界には敵前逃亡の為のホームタウンという魔法があり、これを唱えると故郷に帰れるという効力を利用した旗魔法なのである。
「ったく。カイユーに釣りの趣味があるとは知らなかったよ。」
俺がぼやいて見せると、アルバートルが笑って答えた。
「ハハハ。クラーケンが釣れるならばと、俺こそ行きたかったですよ。」
「何だそれ、クラーケン?」
「え、ご存じじゃなかった?だからあれほどシロロ様を止めていたのかと思いましたよ。」
「いや。夜釣りったって、フェレッカの漁船に乗せてもらうって話でしょう。仕事場に子供が入って迷惑を掛けたら駄目でしょう。船から落ちたら危ないし。」
船上の三人はぷつっと黙り込んだ。
「どうした?」
「いえ、それってシロロ様の事ですよね。」
「どうした、アルバートル。そうだよ。あいつはまだまだ子供だからね。」
「あの、一つ聞いていいですか?」
「どうした、エラン?」
「あの、昨夜シロロ様が踊ってましたけど、あの。」
「うん。うちで保護しているにろにろ姉妹と踊っていたね。あの子たちが仲が良くて良かったよ。きっと大変でしょう、あの子たちが喧嘩したら。」
にろにろ姉妹とは、アルバートル達が教会に殺されるところだった所を助け出して来た子供達のことであり、彼女達は上半身がドール系の幼女姿で下半身が触手系という他種族が合わさったキメラ族である。
そして、会話が出来ないというコミュニケーション不全があるせいか、彼女達はとても暴力的で破壊的で、そして、そんな性質の為にか罵詈雑言だけは覚えてオウムのように喋ることは出来るという、とっても危険な生き物なのだ。
魔王様のシロロと喧嘩などしたら、怪獣大戦争の映画が一本出来るだろう。
男達は物凄い溜息を吐き出し、俺はそんな男達の肩を揺すって言いたいことを言えって言いたいくらいだった。
「あの踊りはクラーケンを呼び出す呪文だったそうですよ。」
三人の代りに俺に言ってくれたのは、一人会議室に残されて統括仕事を押し付けられているティターヌである。
「うそ。クラーケンって呼び出せたの?」
「なんでしたっけ、フングルイ、イア、イア?ルル、イエ?シロロ様のように発音できませんね。あのにろにろ娘達も一緒に歌ってましたが。」
俺は両手で頭を抱えた。
それ、呼び出したら駄目な奴じゃん、って。
で、それを狩りにいったの?あいつは。
「お帰りなさい。どうぞ。」
彼はチコリから作ったコーヒ味のお茶を、地下格納庫から急いで会議室に出戻って来た俺に差し出した。
「ありがとう。ティターヌ。」
あぁ、こんな今こそ本物のコーヒーを飲みたい。




