裏切りの輪舞
俺は取りあえずモニークの危機をエレノーラに伝え、そのまま俺の領地の保安部隊の兵舎へと急いだ。
俺の領地は三重の城壁で囲まれている造りで、俺の城そのものを守る城壁が三つ目の城壁であるならば、保安部隊という竜騎士団の秘密基地は国境ともいえる一つ目の城壁だ。
二つ目の城壁は何かというと、城下町と田園を区切る壁だ。
そう考えるとかなりの距離だと思うだろうが、第一の城壁にある城門をくぐって第二の城壁の城門までは、大人の足で歩いて四十五分と言う所であろうか。
つまり、約四キロ。
領地の住人は第一の城門から第二の城門内へと四十五分をものともせずに意外とひょいひょいと歩き回っているが、現時点で四十五分をものともする竜である俺は、数分で移動できる瞬間移動という技を使った。
一瞬でアルバートル達の基地の目の前に辿り着くと、基地である第一城壁見張り台への階段を駆け上った。
そしてドアを乱暴に開け、廊下を走り、会議室へと飛び込んだのだ。
「おい!今すぐ動ける奴はいるか!」
会議室には俺が作ったモニター代わりの大小のスクリーンが三つ設置されており、一つは領内侵入者対応監視用、一つは俺の所有する飛行機管制用、そして最後が、多目的用途用のサブである。
しかし、俺がドアを開けた時、一番大きなモニターにモニーク機の残骸が映し出され、中型にはモニークの墜落地点の上空からの映像、そしてサブには彼の部下達、薄茶色の髪をしたカイユーと黒髪のフェールという団員の中では若手でフットワークが軽い青年達が映っていた。
竜騎士団団長であるアルバートルは、衛星のように地上を監視できる百鬼眼システムというスキルを持っている。
彼はいち早く俺達の、いや、モニークの急難を読み取り、このように彼女への救助のための作戦本部を立ち上げていてくれたのだ。
「ありがとう。アルバートル。もう彼らを派遣してくれたんだ。」
神を模した石膏像に色付けしたような男、白に近い金髪に日に焼けた肌、そして海よりも青い瞳を持つ彼は、その青すぎる瞳の色が肌色に交じったかのように顔色を青くした。
「いや、あの。その、ダグド様。す、すいません!」
「謝らないでよ。俺は君にここの領民の安全を一任しているんだ。そのために部隊を動かすのは当たり前だし、感謝すればこそ君を諫めるなんてするわけ無いでしょう。」
彼は腰の骨が折れるんじゃないかという勢いで、俺に大きく頭を下げた。
「ほんと―に、申し訳ありませんでした。」
「モニークがこんな事になったのは君のせいじゃない。俺のせいだ。いいから、モニークの無事はわかるのか?俺はあいつと通信が切れてしまったんだよ。」
「モニークは大丈夫です。帰る手段が無くなっただけです。」
俺は捜していたシロロの無邪気な声に嫌な予感しかせず、そして、彼が喋った、彼が映りこんだ小型スクリーンに目線を映した。
真っ白な髪の毛に白い肌、そして真っ黒で大きな瞳という、あざといぐらいに可愛らしい顔立ちをした、世界中で一番可愛いと断言できる外見の彼は、世界を破滅に落とし込める魔王様へと成長する予定の雛である。
その雛は、俺と目線が合うとにこっと笑った。
俺はその笑顔に溜息を吐いた。
可愛らしさへの感嘆の吐息の方ではなく、脱力した諦めの方の吐息である。
彼は最終ボスという、中ボスの俺より確実にランクが上のお方なのだ。
「何をやった、って、ああ。お前は夜釣りに参加したいと騒いでいたな。俺の検索封じの結界を周囲に張ったのか。」
「すいませんでした!」
しかし謝ったのはアルバートルだった。
なぜ俺の城のベッドにエレノーラが入っていたのか、そしてそれがどうしてシロロの部屋だったのか考え合わせれば、シロロの悪巧みに手を貸したというか、アルバートルこそ作戦を練ったのかもしれない。
少数で多大な功績をあげる戦術を練るのは彼の仕事だ。
「アルバートル。君の妹は確かに俺の城で寝ていたけれどね、彼女が寝ていたのはシロロの部屋で、だよ。」
アルバートルは頭を下げている癖に、ちぃっと大きく舌打ちをした。
彼は俺とエレノーラの婚姻を強く強く望んでいるのだ。




