安らかに眠れ
俺はヒドルスを唱え、地下水脈の水を水蛇の姿に変えて吹き出させた。
「きゃあ、ダグド様!俺達まだ戦っているって。」
「うわぁ、カイユー、デレクを庇いに行かなきゃ。」
噴き出した水によって宮殿の大理石は粉々になって砕け、溢れ出る水は床を覆い、床は次々とヒビを走らせてはがくんと持ち上がり、砕け、流されと、今や俺達は迸る川の中にいるのと同じ状態となっている。
どおん。
土台を失った宮殿は歪んで崩れ出し、俺達のレールガンを受けた損傷も相まって、浜辺の砂の城のような状態だ。
「おい、カイユーとフェール。デレクを置いてアルバートルの所に戻れ。」
「え?連れて行かないのですか?だって。」
「いいんだよ、カイユー。彼はこの国の人間だ。」
「亡命を!デレクはそれを願っていたじゃないですか!」
フェールは珍しく必死な声をあげた。
「いいや。彼はここに置いてあげて。ようやく妻と一緒になれたんだ。引き離すんじゃない。このままにしてやるんだ。」
デレクとその妻の遺体を抱き上げようとしていた二人は俺の言葉に俺の言葉通りにデレク達を元通りにすると、珍しく俺に騎士の礼をしてから去っていった。
「嫌われたかな。」
「そうじゃないじゃろ。ダグド殿のロマンチストさに敬意を表したのじゃろ。さて、汚れた王国はここに滅んだぎゃ、女神は再び立ち上がるはずだがにゃ。そうしたら、ここの砂漠も少しは緑が増えるといいぎゃ。」
「この世界からプラタナス鉱石も消えてしまいますが、いいのですか?あなたがここの王となって戻るという道もありますよ。」
「カカカ。そして、あのマホーレンのようになれと。不要じゃ。それにな、女神が立ち上がってもプラタナス鉱石は消えんぞよ。」
「え、女神の肉体では無いのですか?」
「ちがうじゃ。プラタナス鉱石は光を集めたコポポが固まってできたものじゃ。コポポは女神の使い。女神を輝かせるために光を集めていただけじゃ。」
「ミツバチみたいだ。」
「おここ。そうじゃな。そうじゃ。わしたちはそうゆう種族じゃ。コポポが集まって人型になってと、そういう種族じゃ。」
彼はデレクの所に行くと、デレクの背中の様子に目を丸くした。
「おここ、可哀想じゃ。痛そうじゃ。おここ、おここ。」
アスランが撫でるたびにデレクの背中は彼の手から溢れる光で修復されていき、傷が完全に塞がると死んでいたはずのデレクはゆっくりと目をあけた。
そして、ハッとした顔をすると自分の上半身を急いで持ち上げたのである。
自分の体の重さで妻を潰したくはない、そんな無意識の行動だ。
そして、その行動のせいで、彼は再び現実を目にする事に、え?
彼の下に横たわるデズデモーナは、金色の髪は赤ん坊の産毛ぐらいの生え方でしかないが、火傷のただれた痕どころか全身のどこにも拷問の痕が見えないという、本当に赤ん坊のように真っ新な体になっていたのである。
「あ、あぁ、デズデモーナ。これは、だ、ダグド、様の力ですか?」
「いや。これはコポポル王の――。」
「わしじゃないじゃ。溢れ出るこの水の力じゃろう。この娘はコポポのハーフだ。女神の祝福を受けたのだろうて。」
微笑んだアスランはなんだかくたびれた様子となっており、笑顔になった彼の口元に並ぶ歯が若者のような輝きを失っている気がした。
いや、俺の目に見える彼の姿が残像のように時々歪むのである。
「そうですか。俺はそろそろ領地に帰りますが、アスラン殿はどうされます?」
「うーん。久しぶりの娘もいるし、今度だぎゃな。」
「では、また今度。」
俺は嘘つきな老獪爺を残してアルバートルの所へと戻った。
恐らく、俺はダグド領でアスランの死を知る事になるのだろう。




